はるけき きみに  ー 彼方より -
「お嬢さま、いったいどうしたのですか」
 櫛を買って小間物屋を出てから八重が聞く。
 角を曲がったとたんに走り出したからだ。

「どうもこうも、あの舟を追うのよ」

 川面をその舟が進み始めていた。
 みるみる速度を上げて下流へ向かっている。

「見失ったら大変よ、八重はこれを石川さんと田中さんに知らせて。あの舟に多鶴さんが乗せられているわ」
「ええっ、ど、どうしてそれが?」

「舟べりから布地が覗いていたのよ。きのう多鶴さんが着ていた着物、それに間違いないわ」

 紫音は近くにいた別の舟を呼んだ。
「駄賃は弾むからあの舟を追いかけてちょうだい。なるべく気付かれないようにね」
「へいっ、何か事件ですかい? なんだかワクワクしますねぇ」

 その舟の舟頭が櫓をこぎ出した。
 紫音は積み荷の陰に伏せて身を隠す。
 辺りには葦が生い茂っていた。菱屋の舟を見失うまいと目を凝らした。
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