【1話だけ大賞】私を溺愛する天才デザイナー社長は、ちょっと変わってる

 幸せになりたいなら、それなりの選択肢を見つけなきゃいけない。
 わかってるというのに、私は、どうしても……
 女を殴ってそうな顔の男を好きになってしまう。
 目の前の顔面どタイプの男を眺めて、ため息を吐き出す。
 あまりにも、好みすぎる。
 整った顔。
 高い鼻に、くるんっとカールしたまつ毛。
 お高そうなスーツは、濃紺のストライプ柄。
 それでも、メガネの奥の目には深い闇を隠してるような雰囲気だ。
 目がばちんっと合って、背中にぞくりと寒気が走った。
「ぶつかってしまったお詫びなので、何がいいですか?

 物腰柔らかな口調なのに、有無を言わさない目つき。
 ひんやりとした声に、耳がそわそわとする。
 どこかで見たような気がするのに、脳の奥に記憶が燻って全く思い出せない。
 ぶつかってしまったのは私も同じなのに、自分が悪いと言い張る。
 優しい人、だと思う。
 それでも、私の好みの顔ということは、何かあるだろうと疑ってしまうのは私の悪い癖だ。
 傷つく恋愛ばかり、繰り返してきた。
 そもそもの自身の好みの問題だということは、わかってるし、好みじゃない人と付き合おうとしたこともある。
 それなのに、どうしてもうまくいかない。
「じゃあ、カフェモカで」
「アイス? ホット? トッピングにホイップクリームもあるみたいですよ」
 すらりと伸びた白い指で、メニュー表を指さす。
 手の甲にぽつんと浮かび上がるホクロを見つめながらも、声の心地良さに耳を押さえたくなる。
「じゃあアイスで、ホイップは大丈夫です」
 首をぶんぶんと横に振れば、「本当に?」と私の顔を覗き込む。
 右目の下のホクロに目がいって、吸い込まれそうになった。
「遠慮してないですか? 本当に遠慮はしないで。嫌いじゃなかったら、トッピングしちゃいますから」
「嫌いではないです」
 そこまで言われると遠慮をするのも、悪い気がして素直に頷く。
「よかった、じゃあ頼んで持っていくので……あそこのソファ席で待っててくれますか?」
 示されたソファ席は、ゆったりとくつろげそうだ。
 ベルベット生地で、肌触りも良さそう。
 チクチクと背中に視線を感じてしまうのは、きっと勘違いだ。
 外の気温はマイナスだというのに、少し薄着をしてきてしまったからか店内は暖かいのに、ぶるりと身体が震える。
 やっばりホットにします、と言いかけて、一度お願いしたのにと思い直す。
「待ってます」
 そのままソファに向かおうとすれば、「待って」と引き止められる。
 何事かと振り返れば、柔らかく眉毛を八の字に下げてる彼と目が合った。
「やっばり、ホットでもいいですか……?」
 少し肌寒いと感じていたのに気づいた?
「ホイップクリーム、ホットしか乗せられないようで」
 ホイップクリームのトッピングは、どちらでもよかった。
 ホイップクリームがあるのは、好きだけど、奢ってもらうのにトッピングをするのは抵抗があったし。
 それでも、本気で申し訳なさそうな顔をしているから、つい口元が緩んでしまう。
「じゃあ、ホットでお願いします」
「よかったです、よし、待っててください」
 メガネをクイッと上げる仕草で、照れを隠す。
 そんな姿に、胸が痛む。
 好きになってしまいそう……
 ぶつかった、だけ。
 顔が好みだった、だけ。
 思ったよりも、優しかった、だけ。
 それなのに、一目惚れしてしまうだなんて。
 あまりの惚れっぽさに、自分自身に呆れてしまう。
「お待たせしました」
 唇がひくひくと動いてるところを見つめて、なんだか不器用そうな人だなと感じた。
「ありがとうございます」
 ありがたく受け取れば、あったかくて、つい気が緩む。
「お名前は、いえ、変な意味ではなく」
「桜井かれんです」
「かれんさん」
 迷いなく下の名前を呼ばれて、体がこわばる。
「そちらは」
「あぁ、失礼しました。若森鈴風です。少し珍しい名前ですよね」
 どう答えていいかわからず、にっこりと微笑んで見せる。
 若森さんは気にしていないように、ブラックコーヒーを口に運ぶ。
 スラリとした長い足が、組まれたことによってますます長く見える。
 ちらちらと不躾にならないように、顔を見てしまう。
 あまりにも、好みすぎる。
 不健康そうとまではいかない、白い肌も。
 シルバーフレームの眼鏡も。
「足は大丈夫ですか?」
 私の右足の方を手のひらでさし示す。
 そんな丁寧な仕草にも、胸が高鳴ってしまう。
「ちょっとくじいただけなので」
 コンビニから出たところで、ちょうど後ろから来た若森さんにぶつかった。
 入り口前に段差があるところだったせいで、不幸にも一瞬かくんっと足を捻ってしまった。
 そんなに気にされるほどのケガでもないし、ここまでしてもらう必要性はないのに。
 律儀な人だなぁと思う。
 何か言おうとして飲み込んだ瞬間、キラキラとした髪の毛が私たちの間を遮った。
「若森社長、ですよね! ずっとお会いしたかったんです!」
 耳にツーンと響く声に、驚きつつも様子を窺う。
 深い赤に染め上げられた長い髪の毛は、くるんっと巻かれているし、差し伸べられた手には、濃いピンク色が浮かんでいた。
 若森さんは、有名な、人なんだろうか。
 ちらちらと突き刺さる視線の理由に納得しながら、カフェモカを口に運ぶ。
「そうですか。迷惑なのでやめていただけますか?」
 ヒュッと喉が締まるような冷たい音。
 手のひらは、カフェモカで温かいのに。
 丁寧な言葉遣いなのに、心臓まで縮み上がってしまいそう。
 それでもヒソヒソと聞こえる声は、若森さんを非難する声ではなく……
「クールなとこがいいよね……」
「にしても、相手誰だろうね?」
「会社の人なのかな?」
 私と若森さんの関係を疑うような言葉に、いたたまれなくなる。
 ただ、ぶつかっただけの他人です。
「私なら、若森社長の……」
 諦めず続ける目の前の女の人に、拍手を送りたくなった。
「聞こえませんでしたか? 迷惑なので、声を掛けないでくださいと伝えましたよね」
 女の人はしゅんっとしたかと思えば、顔を上げてうるうるとした瞳で若森さんを見つめる。
「また今度にします」
「いえ、二度と結構です」
 どこかで見た記憶があるのは、これだけ有名な人だからだろう。
 ぼんやりと考えていれば、殺意のような痛い視線を感じる。
 焦点を合わせれば、先ほどの女性が遠くからこちらを睨みつけていた。
 何の関係もありません。
 安心してください。
 ただ、ぶつかっただけの他人です。
 かっこいいとは思っていたけど。
 心の中で呟きながら、カフェモカを飲み込む。
「その、見てしまって申し訳ないのですが」
 不意に若森さんが話を始めるから、ふっと顔を見てしまう。
 ばっちり目があって、心臓が違う意味できゅっと縮んだ。
 ん、見てしまって……?
 一瞬何のことかと思ったけれど、そういえば求人雑誌を買っていたんだった。
 カバンに詰め込んだソレが、急に恥ずかしくなる。
「お仕事をお探しですか?」
 変な仕事でも斡旋されるんだろうか。
 社長と呼ばれていたし……
 何回目かの悪い予想を、打ち消すように小さく頷く。
 早く新しい家に引っ越したいというのに、私は職を失ってしまったのだから、つくづく運がない。
 やめてよかったとも思うけど。
 変な男ばかり好きになる上に、変な男にばかり好かれる。
 今回だってそうだ。
 パワハラが得意な上司に、好かれてしまった。
 私に振られる仕事量は増え、昼休憩すら取れない日々が続いた。
 それを、もっと上の上司に相談すれば……
 やめよう。今は、甘いものに身を任せて忘れたい。
「そうなんです、前の職場は退職してしまったので」
 初対面の人に理由を打ち明けるのは、抵抗がある。
 だから、あいまいにごまかして、退職だけを伝えた。
 若森さんの目が一瞬、ギラリと光った気がする。
 気がする、だけだけど。
「そうですか、見る目がないですね」
 ふふっと微笑んだ顔が、あまりにも良すぎて拝みたくなった。
 口角がきゅるんっと上がっているし、穏やかそうな表情なのに、怖く感じてしまうのは……私の勝手な想像だろうか。
 タカとか猛禽類のような目つきに見えてしまう。
 ちびちびとあたたかいカフェモカを飲み込む。
 胃の中から身体があったまって、すこしだけ、色々な絶望感は薄まった。
「ありがとうございます。おいしかったです」
 空になったカップを置けば、若森さんはコーヒーをあおるように飲み込む。
 そして、ぱっと顔を上げて「送りますよ」と口にした。
 さすがに、そこまでしてもらうのはと首を横に振る。
 でも、若森さんは有無を言わさず、私のカバンを持ち上げてしまう。
「ぶつかったお詫びなので」
 あまりにも、もらいすぎてる。
 カバンを奪い取るのは、感じが悪すぎるし、断る方法が思いつかなくて、しょうがないかと頷いた。
 私の背中には、たくさんの視線が突き刺さっていて、ちょっぴり痛い。

 若森さんの車に乗り込めば、ふわりと甘い香りが漂う。
 大人の色気のような香りに、似合うなと素直な感想が浮かんだ。
 ここから、家までの道案内をどうしようか。
 考えているうちに、車は発進し始める。
「あ、えっと、スーパーわかります? ラクスルっていう……」
 近くのスーパーの名前を上げれば、若森さんはニコリと笑う。
 笑う……?
「存じてますよ。でも、大丈夫です」
 何が大丈夫です、なのかわからない。
 それでも、車は夜の中を走り抜けていく。
 私の自宅とは、真逆の方向に。
「こっちでは」
「存じてますよ?」
「えっと……?」
 若森さんの口からふふふっと、笑い声が溢れる。
 そして、若森さんは本当に心の底から幸せそうに小さく、呟いた。
「少しだけ、まだお話したくて」
 気の緩んだ、敬語が崩れた瞬間。
 可愛いなと思うのと同時に、不安が募る。
「若森さん、どちらに向かってるんですか?」
「私の自宅ですが……」
 まだお話ししたくて、彼の自宅に向かう?
 嬉しく思ってしまうのは、もう恋に落ちてしまってるのだろう。
 それでも、初めて会った異性の自宅はさすがにと思ってしまった。
「カフェとかではダメですか?」
「愚問ですね」
 答えてくれないまま、まっすぐ前を見つめる。
 頬にはえくぼが浮かんでいるし、戸惑いながら流れる景色を眺めた。
 微かに聞こえる音楽にだけ、耳を澄ませる。
 聞き覚えのあるバンドだった。
「お好きなんですか? オレンジグラス」
「そうですね、好きな人の好きなものって、好きになりませんか?」
 その気持ちは、わかるかもしれない。
 私は好きな人ができるたびに、ふらふらと好みを変えてきた人間だから。
 オレンジグラスだって、そう。
 昔に好きだった人がよく聴いていた、バンドだった。
 一時期、オレンジグラスしか聞かない時があったくらい好きだった。
「ちょっと、わかるかもしれません」
 また、沈黙の時間が流れていく。
 会話の糸口が見つからなくて、運転してる若森さんを盗み見る。
 首筋にほくろを見つけて、「あっ」と声をあげてしまった。
「どうしました?」
「あ、いえ、あの、私も同じところにほくろがあるんです、首のここ」
 自分の首を指さす。
 若森さんはこちらを一瞥もせずに、小さく、今までと同じトーンで返してきた。
「存じてますよ」
 カフェで見られたのかも、と思いながら首元に手を置く。
 首周りに巻いたマフラーに手が触れて、見えないことに気づいた。
 カフェで、マフラーを外してもいない。
「どうして?」
 問いかければ、また「愚問ですね」と答えられる。
 私の質問に返答する気は、さらさらないらしい。
 私はやっぱり、変な男ばかり好きになるし、変な男にばかり好かれてしまうみたいだ。
「好きな人と同じになりたいと、思ってしまうことあるでしょう?」
 好きな人が私だと、断定はできない。
 それでも、同じ位置のほくろが気になるし、私のほくろの位置を把握してるのも気になってしまう。
 じいっと首元のほくろを注視すれば、違和感。
「掠れてますよ?」
 カマを掛けてみた。
 本当に掠れてるかはわからないし、違和感があるだけ。
「やっぱり汗をかくとダメですね」
 さらりと返された言葉に、天を仰ぎたくなる。
 私と同じ位置のほくろが欲しくて、描いてるということだろうか。
 どこで、私はこの男と出会ったのだろうか。
 私のことが好きで、ほくろまで描く……?
 不気味さと、ビルの灯りに時折照らされる美しい横顔に、情緒がおかしくなりそうだった。
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