November〜特別な一日〜
もしも劇が失敗すれば自分のせいだ。そんな思いから杏奈は唇を噛み締める。しかし、健斗は真剣な表情を崩すことはなかった。杏奈の両肩に置かれた手に少し力が入る。

「あのオーディションで霜月の演技が一番いいと俺は思った。それだけじゃダメか?」

その言葉に嘘はなかった。



劇で行われるのは眠り姫だ。オーディションを受けた杏奈は台詞などはきちんと頭に入っている。ピンク色の可愛らしいドレスに着替え、スポットライトが照らす舞台に立った。

劇は順調に進み、やがてラストシーンに近付いていく。呪いによって眠ってしまったお姫様を王子様がキスで起こすシーンがやってきた。当然本当にキスをするわけではない。

「ああ、とても綺麗な人……」

王子様役の健斗が近付いてくる。そして杏奈の頰に触れた。杏奈は胸の鼓動が高鳴るのを感じながら目を開けようとする。その時だった。

唇に柔らかな感触が触れる。驚いて目を開けた杏奈の先にあったのは、視界いっぱいに広がる健斗の顔だった。

「おはよう、お姫様」

そう言い、悪戯っぽく健斗は笑った。
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