November〜特別な一日〜
「ちょっといいか?霜月にしか頼めないことがあるんだ」

そのまま手を引かれ、杏奈は人気の全くないところへ連れて行かれた。文化祭の喧騒が少し遠ざかり、杏奈の胸が高鳴る。一体何を頼まれるのだろうかと考えていると、健斗が足を止めた。

「実は、お姫様役に選ばれた一年が怪我をした」

「えっ?」

「階段から足を踏み外して劇には出られなくなった」

「そんな……」

劇が始まるまであと一時間もない。文化祭の劇はこの学校の名物だ。学校関係者だけでなく、大勢の外部の人も楽しみにしている。今更中止になどできない。

「だから、霜月にお姫様役をしてほしい」

健斗は杏奈の肩に手を置き、真剣な表情で言う。杏奈の顔に熱が集まる。赤くなっていく顔で彼女は訊ねた。

「……私でいいの?」

お姫様役に一度は立候補したとはいえ、オーディションに落ちた身だ。杏奈の手が微かに震える。

「私、オーディションに一回落ちた。それだけ演技力に問題があったってことでしょ?そんな私がお姫様として紅葉くんの隣に立っていいのかな?」
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