弟、お試し彼氏になる。
道端、誰かが視線を逸らしたのは。
全然知らない通りすがりの人が、おかしな顔をしたのは。
私たちが、姉弟だって知ってるからじゃない。
「絢はどうだった……? 俺の顔見る前。名前も知らずに話してた男は、好きじゃなかった……? まったく好みじゃなかったの……? 」
そんなわけない。
だったら、「ちょっと怖い」が負けて、ここにいるはずない。
もっと知りたいなんて、そんな発想になるもんか。
「騙したのはごめん。どうしても、試してみたかったんだ。少しは俺、絢の好みになれたかな。あの時よりは、男になって帰ってこれたかなって」
悠は知らない。
あの時私が断ったのは、悠が恋愛対象になんて最初から入らない、そんなこと思いも寄らないような「弟」になってくれなかったからだ。
あの時既に、私のなかで男性だったからだ。
「……そんなに、泣くほど嫌だった? 俺の顔なんて、見たくなかったの。俺、結構努力したんだよ。絢より大人になろうって。あの頃は確かに、もっと子どもっぽくて……弟キャラだったかもしれないから。少しでももっとオトナになって、絢に好かれたいって」
『……分かった』
諦めたとか、もういいとは言われなかった。
でも、まさかそんな努力をさせてたなんて。
(……ごめんね)
そんな必要ないのに。
悠を子どもっぽいなんて思ったこともないのに。
「泣かせたくないのに。俺は絢を苦しめることしかできないのかな。どうして……どうやったら、他の男みたいにお前を幸せにできるんだろう」
そんな人、今までいなかったよ。
こんなふうに、泣いたことだってなかった。
だって、私が好きになったのは――……。
「元・弟になってもだめ……? 他にできることがあるなら、変えられるものがあるなら、全部そうするよ。これからも努力だってする。でも……でも、それだけは俺にはどうしてあげることもできなくて、辛い」
悠が変わるべきところなんてない。
今のままで、ううん、あの時のままでも理想以上の男の人だった。
「……ごめん。許して……」
「っ、あ……」
腕を取られたのは、一瞬。
でも、抱きしめられたのはあまりにそっと、ふわりと。
だから私は、簡単に拒めないといけなかった。
「悠」
「……ううん。春、だよ」
(……なのに、できるわけなかった)
できていたら、それが簡単だったら。
私はあの時、悠の気持ちをもっと粉々に砕くことができていたんだから。
「許せないなら、こう思って。きっと、これが事実だから」
――絢はね、気づかなったんだよ。
「俺が悠だって。だって、俺はさっき春だって自己紹介したんだ。そうでしょう……? 今こうしてるのは、アプリで出逢った春だよ。すごい奇跡が起きて、今日逢えたの。ね、そうだったんだよ」
「そうすればよかったよね。できなくてごめん」耳元で囁かれたのは、あまりにも切なすぎて申し訳なかった。
悠のせいじゃない。
そんなの、分かりきってた。