弟、お試し彼氏になる。
真剣遊戯
『今日逢ったことは秘密ね』
あの後、私の唇に触れた悠はそう言った。
『ほら、規約にあったって言ったでしょう。個人的に会うのは、しばらく禁止って』
マッチングアプリの規約なんて、大したことじゃない。
私たちは――私はもっと重大なルールを破り、禁忌を犯しそうになっているの。
『また、連絡する。……早く、会いたいね』
そんな、意味不明なことを付け加えて。
(……ううん、違う)
私には、きっとこれ以上ないくらい正確に意味が分かっている。
私たちは確かに再会したけれど、私がそれを男女の出逢いに発展させる勇気がなかった。
私に覚悟がないせいで、悠一人で何もかも負わせてしまったんだ。
『今話せる? 』
(……どうしたらいいの……)
その日の夜、何事もなかったかのように悠――「春さん」からメッセージが届いた。
『うん』
断れなかった。
断りたくなかった。
だって、これはどこの誰とも知れない「春」なのだ。
『……ありがとう』
すぐに架かってきた音声は、すごく柔らかくて甘く――彼こそ泣いてるんじゃないかと思うほど、掠れていた。
「……ううん。私こそ、ごめん」
『どうして? 君が謝ること、何もないよ。本当に嬉しい』
意識してのことなのだろうか、私を指す言葉は悠と違った。
つまり、これは姉弟でも家族でも、友人や知人ですらなく。
ただの男女でしかないと、悠は線をくっきりと引いた。
それなら私は、きっと何も言わずにアプリをアンインストールするべきだったのに。
(分かってる。自分のするべきことくらい)
第一、それはあの時と何も変わっていないのだ。
やらなくてはいけないことは、最初から決まってる。
「……あの映画、観たんだ」
なのに私こそ、一体何を言ってるの?
『……そっか。どうだった? 』
意味不明だと、悠も言ってくれない。
それが切なくて嬉しくて苦しくて――何が何だか分からないのに、泣いてしまいたいという結果だけは同じ。
「面白かった」
『よかった。……嬉しいな』
少し、沈黙。
『次は……一緒に行けたらいいな。そう思うのは、嫌……? 』
その問いに、答えなきゃ。
無回答は許されない。
じわじわと涙が溢れるのに、頬へと落ちてはくれない。
どっちつかずが一番辛いのに、どうしても終わらせることができないでいる。
「……やじゃない……っ」
素直になれば、涙は止まってくれなかった。
膝を抱いて縮こまっていたベッドの上、諦めて横になる。
(まだ、好き)
忘れてなんかなかったところに、「また」好きになった。
『……本当にごめん。ありがとう』
悠は「ごめん」も「ありがとう」も繰り返しくれるのに、私はそのどちらも言えなかった。
どっちつかずで意気地なしなことが、きっと悠にバレてしまった。
『また連絡するね。俺のこと、もっと知ってほしいんだ』
前にも似たようなことを言われたけど、それも今度こそ本当の意味が分かる。
「今の」「弟じゃない」「本当の」
――俺のこと見て。