弟、お試し彼氏になる。







悠から、悠としての直接の連絡はない。
徹底して、「春さん」で――ううん、一人の男性でいようとしてくれていた。


『そういえばさ、どうしてアヤちゃんはこんなアプリに登録したの』


「さん」から「ちゃん」に呼び方が変わったのも、まるで他人同士で段階を踏んでいるみたい。


「この前、誕生日だったんだけど。あまりに私にそういう話題がないから、ついに親までマッチングアプリ勧めだしたの」

『え、そんなことは、母さ……お母さん、面白いね』


(……これ、運営のチェック入ったりしないよね? )


昔から、悠は捻くれてるようで素直なところがあった。
可愛いなとは思っていたけど、それを弟だからとは思えなかったのに。
ほぼ、「そこは聞いてなかった」と言ってしまったようなものだったのに、彼は無理やり「今のなし」と咳払いをした。


『……でも、どうして? そういう話題がないって。君は、そんな感じには思えないけど。あ、言いたくないことは答えなくていいから。ごめん、いきなりプライベートなこと聞いて』


それを伝えていかなきゃいけない。
私は、悠に一人の男性として向き合うって決めたから。


「……好きな人がいたの。どうしても、諦めなくちゃいけない人だった」

『……え……』


これで、きっと伝わる。
この前言えなかったことも、あの時言わなかったことも。


「あの時は、好きになっちゃいけない人だったから」


――今もまだ、言えないけど。本当はずっと好きだったんだよ。


『……っ、は……』


小さく息を呑んで、それ以上に深く吐いた音がスマホ越しに聞こえた。


『……そう、だったんだ。ごめん。辛いこと……させてごめん。本当に、ごめん……』

「ううん。今なら……春さんなら、言えると思っただけ。謝ることないよ」


(私こそ、今更ごめん)


顔も、素性もバレている何もかもを隠してしか言えなくて。
あの時、ちゃんと悠と私として――それどころか姉弟でもあった私に面と向かって告白してくれた時はごまかして突っぱねたくせに。
こんな狡い告白にもならないことしかできなくて、本当にごめんね――……。


『……本当に、早く会いたいな。変な意味じゃなくて、俺に慰めさせてほしい。すごく傲慢だけど、今そう思ってる』


――ゾクリ。

さっき、吐息をマイクが拾ったからだろうか。
耳奥に声が流れ込んで、滴って――心臓まで巡って、内側から熱いものに溶かされてしまいそう。


「……うん……」


この傷は、自分でつけたものだ。
思い出すたび、後悔したくなるたびに自分でまた抉って傷を深くした。
でも、私一人でこれを癒すのはもう無理で、勝手だけど、きっと悠にしか癒やすことはできない。
だからこそ、まだ会えないこの段階で既に甘えてしまいそうで。
その妖しくて、ふらふらと求めてしまいそうな、甘すぎる悪寒から身を守るように、側にあったブランケットを肩から羽織った。


『好き好きって言ってたら、会わせてもらえるのかな、これ。いくらでもアピールするのに、俺』

「……う、うーん。逆に嘘っぽくなりそうだから、過度なアピールはやめといた方がいいかも」


(……悠、それはやめとこ? 今の君は、かなり危険な気がする)


声しかしらないはずのこの状況でそんなこと言ってたら、それこそ怪しまれて強制退会させられるかも。


『えー、ひどいな。それに、もどかしい。でも……自惚れかもしれないけど、近づいてる感じはする。頑張るよ』


(だから、頑張らなくていいのに)


その為にも、勇気を出して告白したのにな。
もっと、伝えていきたい。
しばらくはまだ、こうしてお互い自分の部屋でアプリを通して――それが姉弟だったことを全部ナシにするなんて、錯覚にもできないのは分かっていても。



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