弟、お試し彼氏になる。
映画やドラマ、本の話。
時々、お互いに知らなかった趣味のこと、仕事のこと。
そして更に稀に、「最近、飲みに誘われて困る」みたいな、何てない日常を装ったやや駆け引きとも思われることまで、毎日彼と話した。
(……あ、通知)
昼休み、会社の休憩室でコソコソとスマホを取り出して、通知が来ていることを確認する。
この頃は夜の通話だけじゃなく、昼間も可能な限りメッセージをやり取りしていた。
別に変でも悪いことでもないのに緊張してしまうのは、普通に出逢ったとしても、恋愛初期ってこんな感じなのかなと何となく思う。
「……っ」
『彼/彼女は、本当に運命の人……? そんな、お互いの気持ちを確かめ合いたい方に朗報です! 』
胡散くさい、単語のわりに軽い言い回しが怪しすぎる。
でも、私の目は確実に誘われたし、その次の文言に釘付けになった。
『数組の他のカップルも同時参加の為、一人じゃ勇気が出ない方にもお勧めです! もしかして……』
――もっと、あなたにぴったりの恋人が見つかるかも。
・・・
『……あり得ないよ』
夜、用事が終わるまで待ってくれていたみたいなタイミングで、悠からメッセージをくれた。
もちろん話すのは楽しみだし、今日は相談するべきこともある。
『そりゃ、早く君に会いたかったけど。あれってつまり、他の相手のところにふらふら行かないか試されるわけでしょう? 変なリアリティショーじゃないんだから。納得いかないよ』
「……う、うん……。言いたいことは分かるよ」
確かに、そんな番組あったようななかったような。
自分のことだからかな。
何だかイマイチ実感ないし、分かりやすいようでよく理解できていない。
『それに何より、それが許されるってことだ。君に他の男が言い寄るなんて、そんなの絶対に嫌だ』
「まあ、そういう心配は要らないと思うけど……」
それより、他の女性陣が悠に目移りしちゃうんじゃないかな。
うん、その可能性の方が格段に高い。
そこで修羅場にでもなろうものなら、本当に安っぽいリアリティショーみたいだ。
『そんなことは、絶対にない。でも……それしかないんだもんな。一日でも早く、君に会うには』
『……そう、だね』
再び、本名を名乗り合って、「悠」に会うには。
(……ううん、そうじゃない。私がそれを選ばなかっただけ)
「……ねぇ、本当に嫌なら、やめても……」
あの日、映画館で再会した日。
私があんなふうに泣いたから、悠はこうするしかなかった。
私が、悠に選択肢を与えなかったんだ。
『会うのやめるってこと……? それともまさか、こうやって話すのもやめちゃう……? 嫌だよ、そんなの。だって俺、本当にアヤ……』
「ち、違う。そうじゃなくて……サービス強制退会覚悟で、その、直接……」
その覚悟があるなら、最初からそうすればよかったのに。
ううん、あの時はもちろん、今だって覚悟なんてできてない。
もしかしたら、この先ずっと覚悟なんてできないかも。
だからこそ、やってしまわないと始まらない気もする。
怖いけど、不安だけど、正直まだ背徳感や疚しさは拭えないけど、それでも悠がこんな私をまだ好きだって言ってくれるなら――……。
『……絢』
(……ああ、ほら。今……)
――今、絶対好きって。絶対に、本名で私のことを呼んでくれた。
『……嬉しい。そこまで言ってくれるなんて嬉しすぎるし、ちょっとほっとした。……ね、これ、参加してみようよ』
「え……? 」
その甘い呼びかけが耳に残って、一転して余裕そうに言われた変化に追いつけない。
『今ので、他の男に負けない自信ついた。現金でごめん。俺以外にも男がいる以上、危険はあるけど……君が選んでくれたら、俺だけが一緒に過ごせるわけだし』
「……春さんに会いに行くのに、他の人と過ごすつもりないよ」
『……ん。後悔させない。絶対』
世間体とか、やっと恋をした娘を応援してくれている母を思い出すと罪悪感は消えてくれず、また新たに生まれてしまう。
(それでも、私……)
――こう決めてから一度も、後悔してない。きっと、これからも、しない。