弟、お試し彼氏になる。
受付を済ませると、会場に通された。
広い部屋には、既に数組――いや、一人でいる人も数人いて、私たちみたいに事前に待ち合わせたのは珍しいのだろう。
「……ほらね。〇〇さんですか? って話しかけて違っても、好みだったらあわよくば成り代わろうってやつだ」
「……私は、みんな互い好きで、相手の変更なんてしたくない、って思ってたいけど」
悠が警戒心強くて、恥ずかしいのとちょっと嬉しいのと。
威嚇するように他の男性を睨んでも、相手は「?」しかないだろうに。
「みんな、俺たちみたいならいいけどね。なかなかないんじゃない? ほぼ最初から、お互い好きって」
正確には、「始まる前から」。
ある意味サクラのようなもので、ここでこの話はやめておいた方がよさそう。
「とりあえず、何か飲む? 本当は取ってくるよって言いたいけど、ごめん。君を一人にしておけない」
「だ、大丈夫だけど、一緒に行く」
誰も声なんか掛けてこないだろうけど、一人で突っ立っているのも不安だ。
大人しくワインを受け取って、準備された軽食を少し離れたところから眺めていると、悠が硬直していることに気づく。
「どうしたの? 」
「えっ……ああ、うん。何か……いや、何かじゃない」
挙動不審な悠の背中から頭を出して覗き込むと、ワインボトルの横には白くて可愛いケーキスタンド――ただし、置かれているのはスイーツやサンドイッチではなく、鍵、だ。
「え……と」
(これは、つまり……)
――部屋に行け、ってこと?
「……や、絶対ではないと思うよ。まあ、行ってもいいんだろうけど、強制じゃなく任意っていうか」
「……そ、そうだね」
そんなの、さすがに強制できるわけない。
第一、部屋で二人になったって、だから何だっていうの。
「そうなの? 彼にその気がないなら、じゃあ、僕なんてどう? 」
ただの鍵を前に、照れて気まずくなっている私たちのやり取りが面白かったのか、私の後ろにいた男性がひょっこり顔を出した。
「こんばんは。あ、ちなみに僕の相手はあっち。いるんだけど、お互い話して、やっぱ違うねってなって。平和的にお別れしたから、ご心配なく」
別に心配したわけでも興味があったわけでもないのに、ペラペラ教えてくれた挙句、彼はいきなり現れて爆弾を落とした。
「ちょっと見てたら、お互い迷いがある感じ? 気になってはいるけど、その先に進んでいい相手なのか計りかねるってとこかな。それなら、この際今のうちに別の相手とお話ししてみるのもアリかもよ? 」
迷いなんてない。
ただ、戸惑ってるだけ。
それも、絶対に誰にも想像できない理由で。
「……相手と上手くいかなかったからって、すぐ次? いくら全員初対面だからって、それはないだろ。……それ以上、彼女に寄るな」
思わずムッとしたのを隠すのも忘れていたら、悠が一瞬だけ微笑んで私を庇うように前に出てくれた。
「そりゃー、焦るでしょうよ。だってほら、見て? 」
――鍵、一組分少ないよね。