弟、お試し彼氏になる。





鍵のない部屋、至るところに置かれた防犯ブザー、フルーツバスケットの下にある警告文。
もしかして監視カメラでもあるんじゃないかというほどの忠告は、色っぽい雰囲気を敢えてぶち壊してくれて、悠と目を合わせて笑ってしまった。


「個人情報登録して、モニタリングされてるかもしれないところで、どうこうする奴いるのかな。いないようにする為だろうし、笑うところじゃ絶対ないのに、ごめん」

「ううん。確かに、ちょっと脱力した」


本当に、場違いに吹き出しちゃったのに。
へらっと笑った私は、そんなふうに甘い視線を注がれるような可愛い反応できてなかったのに。


「96%マッチ、って。やっぱりって思って、すごく信じてた。でも……」


彼は少し室内を見渡した後、覚悟を決めたようにぎゅっと抱きしめてきた。


「絶対、もっといいに決まってる。……って、そこで笑う? そう思ったの俺だけ? 酷いの」

「というか、もうあんまり気にしてなかった。比べる人、いないし」


――あの日からずっと、悠だけだったんだ。


「……ね。この際さ、ムードも何もないかもしれないけど、言わせて」


何が始まるのかと、首を傾げながらも不安で背中に掴まると、悠は意を決したように小さく息を吐いて続けた。


「本名は悠。〇〇在住、家族構成は父一人、一人暮らし」

「あはは。何それ」


真剣なのは分かってるし、さらっと苗字を名乗ったのも、母と姉の存在はここではなかったことにしたのも気づいている。
それでも笑った方がいい気がしたし、実際にちょっとおかしかった。


「……今まで誰かを好きになったのは、一度だけ。こんなこと言うの、最低かもしれないけど」


なのに、切ない。
初めて本気で好きになって、それがたった一人にしかならなくて。


「……悠……」


その人が弟だった辛さは悠も同じだと、今では分かるから。


「君じゃなきゃ、もう二度と恋愛できない」


――無理なんだ。あり得ないんだよ、絢じゃないと。


「いきなり重いこと言ってごめん。でも、どうしても俺の気持ち知っててほしくて。……知ってくれてるだけでいいんだ」


私だってそうだよ。
重いくらいの気持ちじゃなきゃ、私たちは「好き」なんて言葉すら口に出すことはできない。
間に囁かれた言葉に声に甘く痺れてしまって、何も言えなくなってしまう。


「俺のこと、男として見て。彼氏として、試して。お願い……」


私だって。
血の繋がった弟はいなくて、ずっと弟だった彼は心のなかで弟にできていなくて。

――他に、恋愛できる人はいないの。


「……悠、くんも」


私のこと見て。
がっかりさせちゃうかもしれないけど、姉だからって気を張っていた私とは別のところも。
きっと、再会してから見せてしまってたただの「絢」が、これからもっと出てくるんだと思うから。


「……っ、うん。うん……見せて。ちょっとずつ、見れるようになってきたかなって、それでも嬉しかったけど……もっと、君のいろんなとこ見たい……」


ふざけてるかもしれない。
でも、けして遊びなんかじゃない。
私たちだからこそ、真剣でしか生まれないお試し期間は、ここからが本当のスタート。

――試さなくても、本当はもう分かってはいるけど。





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