弟、お試し彼氏になる。
『……やっ、たぁぁぁ』
二度目の電話に出た悠は、溜息とも叫びとも言えない声でそんな可愛い言い方をした。
『ねぇ。早速だけど、デートに誘っていい? 普通の、ちゃんとしたデート』
――絢としたいんだ。お願い。
・・・
強請らなくたって、私だって会いたいのに。
甘い声でお願いされて、「うん」としか言えなかった。
(……狡いよ、ほんと)
今の悠を、何と言えばいいのか。
家族として一緒に暮らしていた頃の悠に、大人の春さんを足した感じ。
つまり同一人物だからと言えばそれまでだけど、ちょっと可愛い部分と知らなかった大人の男性感が不意打ちで入れ替わって、私が勝手に振り回されている。
「なに? そんなじっと見て。嬉しいから、そのままでいいけど」
「……ご機嫌すぎて、こっちが照れる」
映画館を出て、さりげなく人波から庇ってくれながら悠が言った。
「そりゃご機嫌だよ。だって、生きてたなかで今一番幸せだもん。……映画、もう一回やり直したいなって思ってたから。提案してくれてありがとう。本当に、めちゃくちゃ嬉しい」
(……通じてたんだ)
私も、あの時の映画デートをやり直したかった。
ううん、あれもデートだったねって後から言えるようにしたかったんだ。
「……私も、だったから」
「うん。最高に幸せ」
繋いでいた指がより深く絡んで、ドキドキする。
こんな気分が今日はしょっちゅう襲ってきて、そのたびにこれが本当にデートだって自覚する。
「でも、アプリで話してる時も思ってたんだけどさ。俺たち、趣味似てるよね。あの時は、全然気づかなかった」
本や映画の趣味、好きな音楽、比較的空いた時間に行動すること。
同居していた頃の方が、知ろうとしなくても記憶に残っていることは多そうなのに、最近悠と他人として話し始めて知ったことも多い。
「……やっぱり、弟って何も見れないんだな」
「……そ、そう? 結構いろんなところ見られちゃったと思うけど……」
今、同じことを思った。
でも、弟だった悠が嫌だったんじゃない。
寧ろ、あんなに好きになってしまって辛かった。
だから、弟でいた頃のことも否定したくなくて、そう言ったけれど。
「んー……、そうだね。寝ぼけてる絢とか、弟できたの忘れて、下着みたいな格好で出てきた絢とか、いろんな絢も見れたけど」
(いつの話だ……もう忘れてほしい)
「でも、やっぱり今の方が比べられないくらい幸せ。外に出れないような部屋着姿は、弟じゃなくて彼氏だから見れるようになりたいし」
間抜けな姿を思い出されたはずなのに、その好き好きって目は反則すぎる。
「……ね。この後、もしよかったら……うち、来ない? 」
そして一瞬にして、そんな目の奥まで媚びるように見つめてくるのも。