弟、お試し彼氏になる。








(……これは、一体どういう状況……)


悠の車の助手席で、ただただ放心状態だ。
いや、そうも言ってられない。
必死になって頭を回転させると、つまり……そういう状況ですか??


「失敗したな。ごめんね、突然で」

「……い、いえ。突然来たのは私なので……」


元・弟で、現・彼氏に対して敬語になる私は挙動不審も不審すぎたのに、悠は優しく笑うだけでそこはつっこまないでくれた。
優しいけど、余計に居たたまれない。


「コンビニで準備させてごめん。本当にいいの? 一回取りに帰る? それとも、やっぱりそこら辺で……」

「だ、大丈夫」


悠の言う「そこら辺」は、さっき聞いたところによると全然そこら辺ではなかった。
近くの、悠の職場付近のような高級店が並ぶところで、ちょっとおしゃれで、ちょっとお高めのランジェリーを――……。


(ぜんっぜん、ちょっとした買い物じゃない)


しかも、どうするの?
悠と一緒に選ぶの??
いや、それはさすがにアレだから、ランジェリーショップの前で待たせるの???


(……無理だし……!! )


「もう、絢は。何だか分からないけど、可愛いすぎ。ちょっと落ち着いて。何も、食べられる準備しなって言ってるんじゃないんだから」

「た……っ、食べ……食事……!? 」


ハンドルを握ったまま、もう無理って感じで吹き出す悠をジトッと見上げることもできない。
元姉とはいえ、年上とはいえ、圧倒的に私は経験不足で何も言い返せなかった。


「ごめん。だって、あまりに可愛いくて笑っちゃう」

「……嘘吐き」


でも、いくら未経験だと言っても、この短期間で可愛い攻撃を浴び続ければ、さすがの私もほんの少し耐性がついた。
おまけに、今のはどう考えても可愛いくない。


「俺に、そんな顔見せてくれてるんだよ。照れてるとこ、テンパってるとこ……そんなふうに真っ赤になってるとこも。弟に対してする表情じゃない。それがどうやったら、可愛いが嘘になるの」


――ならないよ。どうしたって、可愛い。

この溺愛激甘な囁き、視線、仕草。
これを車の中で意識し続けるなんて、とてもじゃないけど耐えられない。
だから、近くのコンビニが精一杯だ。


「段取り悪くてごめん。余裕がある時に、ちょっとずつ絢の物置いてってもいいよ。いきなりお泊り用を買いに行かせるなんて本当に失礼だし、ムードも何もないよね。ごめんね」

「そ、そんなこと……悠だって、仕事終わって帰ってきたばっかりだったのに」


ああ、そっか。
お泊りになるんだ。
だって、姉弟じゃないのだから。


「ううん。こうしてるのも楽しいし。何より、俺の我儘聞いてくれてるんだから。……大丈夫だからね」


最後の一言は、何の脈略もなかった。
でも、もちろんすぐに意味が分かる。
付き合いたてのキスもまだの彼氏が、テンパって訳分からなくなってる彼女を安心させてくれたのだ。
嬉しいし優しいけど、正直なところ。

――優しいからこそ余計に胸が鳴って、とても安心するまでには至ってくれない。





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