弟、お試し彼氏になる。
悠の部屋は、本当に快適だ――緊張することを除いては。
ホームシアター完備、動画配信サービスほぼ網羅、本棚には気になる本がたくさんある。
「好きに使ってね。あー、でも、この部屋可愛くないよな。絢、好きにデザインしてよ」
「む、無理だよ。知ってるでしょ、私にそんなセンスないの」
家族として一緒に住んでた頃は、とても可愛いとは言えない部屋着でウロウロし、ズボラな生活を見せていたものだ。
すっぴん・眼鏡はもちろん、ボサボサの髪も洗濯物の取り込みも、すぐ片付けないでポンと置いただけのこともあっ……いや、一応悠の目に入らないようにはしていたつもりだったけど、不可抗力というものは存在する。
「センスっていうか……絢、うーん、大らかだから。気が抜けた姿って可愛いし、無意識にエロかったりしたけどね」
「うっ……フォローありがと。なってないけど」
年頃の男の子との同居って、本当に大変だったな。
よくある漫画やドラマみたいな「鉢合わせてドキドキ」よりは、コメディにもならない悲惨なハプニングの方が多かった気がする。忘れたいくらい。
(……ほんと、何で好きになってくれたんだろ……)
お互いシャワーを浴びた後なのに、どう考えても色気は悠からしか漂っていない。
こうしてソファでくっついていたって、私が悠の体温を感じるほど、悠には伝染してないと思う。
なのに。
「大らかは、ね。可愛いはフォローじゃないよ。……色っぽいもね」
隣から回った腕に寄せられて、頬が彼の肩で潰れる。
(ああ……好きだな)
変な顔になってるのが嫌で、せめてと思って彼の肩に頭を預けたくなるのも。
大きくて広いソファに緊張して膝を抱えれば、悠のシャツを借りていることに意識がいって、勝手に一人で困ったりするのも。
全部、「私、悠が好きだ」に到達する。
「幸せ」
「えっ、わ、私も」
唐突に呟かれて動揺したのに、思わず同意してしまった。
クスッと笑って愛しそうな視線が降り注ぎ、俯くしかできない。
「絢は、こんなふうなんだね。お姉ちゃんじゃなくて、女性としての絢。すごく可愛い」
「な、何か違う? 」
あの時は、すごく気を張ってた。
気を抜いたら、好きって認めてしまいそうで怖かった。
「ベースは同じだよ。お姉ちゃんだった絢も、時々抜けてたり変に強がりだったり……すごく優しかった。母親も姉も知らなくて戸惑ってる俺に、押しつけがましくなく側にいてくれた」
「私も不安だったんだよ。悠がいてくれてよかった。それは絶対変わらない」
弟だったからって、悠と出会わなければよかったとはどうしても思えなかった。
辛いけど悲しいけど、悠と一緒にいる時間が好きだった。
「そうだね。お姉ちゃんの絢も知ってるから、今見てる絢がもっと愛しい。いろいろ悩んで無理してたの気づけなくて、俺、本当に子どもだった。これからは俺が絢を守るよ。今までの分、返させて」
「そ、そんな……」
特に、返してもらうほどのことをできてない。
「男として見てくれるなら」
でも、そう言われてしまうとそれ以上言えない。
「弟じゃなくなったから。俺、あの頃よりは大人になったから。だから……」
あの頃だって、十分守られていた。
きっと、本当の家族以上に。
「ありがと。ね……これは、許してもらえる……? 」
――キス、してもいいかな。
「ごめん。わざわざ聞くなって感じかもしれないけど。でも……」
「う、ううん。私の為にごめん」
悠だって、さりげなくしたかったんだと思う。
でも、私たちの場合は、他の人以上に確認が必要だから。
「俺が、絢に嫌われたくないだけ。……ありがとう、本当に。こんなに勇気だしてもらったの、絶対無駄にしない。裏切らないよ」
そっと髪を耳に掛けてくれた手が、腰を抱いて。
悠の方に傾いた身体を、しっかりと支えてくれた。
「……好き。もう一人で辛い思いさせたりしない。どうか、俺のこと信じて……」
再び落ちてきた髪をもう一度掛けながら、額と頬に唇が触れて――私が頷いたのを確認して、唇を重ねてくれた。