弟、お試し彼氏になる。
『俺を紹介してくれない? 君のお母さんに』
悠はわざと「春さん色」を出してそんな言い方をしてくれたけど、まずは私から説明させてもらうことにした。
もし私がお父さんに強く反対されたらすごく落ち込むことは確かで、それはきっと相手の親だからこそ苛立ちや怒りよりも悲しみが強くなると思ったからだ。
『私、悠が好き。付き合ってる』
いろいろ他に書きたいこともある気もするけど、簡潔にそれだけ送信した。
今のところ返事はなく、既読もつかない。
・・・
「この辺、懐かしいな。絢とも通ったことある」
買出しの帰り、荷物を持つと言って聞かない悠が何てない風景に優しい目をして言った。
「そうだね。あの頃は、出掛けるって言ったらここくらいだった」
実家は住宅街にあり、遊びに行くと言ったらこの辺りくらいのものだった。
一人暮らしを始めるにあたってこの地域を選んだのは、悠と過ごした家からそう遠くまで離れていきたくなかったからだ。
たとえ、悠はもう実家にいなくて、どこに住んでいるのか知らされていなかったとしても、何の関係もなかった。
「デートのつもりだったけどね」
ああ、だから。
あの時も荷物を持ってくれたし、危ないから歩道側を歩けとちょっと怒ったように言ってたっけ。
面倒なんだろうなとか、本当は迷惑なのに付き合ってくれたんだろうなって思ったこともあったけど、きっと既にデートだったのだ。
「目的地がスーパーだったとしても、俺にとっては数少ない一緒に出掛けるチャンスだったから。でも、今は手を繋げて幸せ」
(……辛い思い、たくさんさせちゃったんだよね)
悠の幸せは、あまりに細やかすぎる。
だから、もっと悠の望む以上のものをあげたい。
「……ね、悠……」
「……あれ、悠? 」
何の思いつきもないのに呼んでしまった声に、別のものが重なる。
「うわ、久しぶり。元気? 」
「ああ……元気。じゃ」
聞き覚えがあるような、ないような。
悠の知り合いには違いなさそうだけど、友達というには悠の表情は翳っている。
「待てよ。せっかく会えたのに。……っていうか、彼女いたんだ。ごめん。でも、あれ? 」
嫌な予感がする――……。
そう思って悠の袖を引いたのを、見つかったのかもしれない。
逃がさないとでも言うように、畳み掛けて続けた。
「お姉さんに似てない? ……っていうか、姉ちゃん本人? うわ、ごめん。大丈夫、俺、誰にも……」
「言ってもいいですよ。誰にだって、別に」
(友達じゃなかった。寧ろ、悠の敵だ)
『親の再婚で、知らない女と同居? やっば、大丈夫? ちゃんと弟でいられてる? 』
あの時、私は言い返せなかった。
「好きにしたら。でも、人の幸せ邪魔して、ただで済むと思うなよ。悠に何かしたら、それなりの報いは受けてもらうから、覚えて……」
「待って、落ち着いて絢。こんな小物、絢がそこまでする価値ないから。っていうか、なにそのキャラ……っ。あは、可愛っ……」
(……今、一番相応しくない言葉が語尾に……)
安っぽい啖呵だったことは認めるけど、冷静になればなるだけ馬鹿っぽい。
これをどうしたら、可愛いと言えるのか。
「……あーあ。今度は俺が守られちゃった。格好悪」
(……今度? )
「可愛い彼女が頑張ってくれたから、俺は何もしないけど。……感謝して? 彼女のおかげで、無事に帰れて、無事に過ごせる。……俺、頑張ったんだよね。それって、もちろん彼女といる為でー、つまり、お前みたいな奴が現れた時の為でもあるんだけど」
――え、 もしかして、試させてくれる為に言ってんの?
「……は、悠」
(そっちこそ、何キャラ……)
ニコッと笑う無邪気な笑顔は、あの頃のまま。
でも、見たことないくらい悪い顔してる。
「それともまさか、忘れた? 俺、さすがに二度も見過ごさないけど」
「……っ、見過ごしてないだろ、お前あの時も……」
「あ、覚えてんの。なら、話早いじゃん」
(……あ)
本当に馬鹿だ、私は。
(あの時と同じ人だ……)
「あの時より強くなったよ。彼女を守る為だもん、当たり前だろ。……で、試させてくれるの、くれないの? 」
――あの時も、悠はこんな顔してた。