弟、お試し彼氏になる。
・・・
「……ごめんね、嫌な思いさせて。やっぱり、まだ早かったかな」
「この辺を二人で彷徨くのは」。
これまで悠のスペースに私が行くことが多かったのは、単純にそっちの方が快適だったこともあるけど、こういうことが起きないように悠が気を遣ってくれたのが大きい。
「ううん。寧ろいいタイミングだったと思う。いい練習になった」
きっと、こういうことは少なくない。
もしかしたら、面と向かって言うか心に留めておくかは別として、あれが普通の反応なのかもしれない。
「大丈夫。傷ついてない」
それでも、私は驚くほど「残念ながら」とも思っていなかった。
「またしようね、デート」
こうして買い出しに行く程度のことをデートにカウントしてくれるなら、そんなのこれからも何回だってできる。
私たちは、外でデートできる関係だ――私たちがそう思っていれば、絶対に。
「……絢」
狭いキッチン、二人で並ぶには結構狭くて、おまけに顔を見られなくても済むということで、私は悠の背中にくっついていた。
「悠、料理も上手なんだ。そろそろ、何かボロ出してくれないと困っちゃ……」
「そっちこそ。そろそろ、格好いいのちょっとは卒業してよ。じゃなきゃ、俺の出る幕ないじゃない」
振り向こうとするのが伝わって、僅かに私の身体が抵抗した。
自分でもよく分からなかったけど、悠は優しく笑ってそのままでいてくれる。
「昔と同じ。絢に助けてもらってる」
「え? ううん、あの時は……」
私、何も言い返せなくて。
口をパクパクしていた自信もない。
「確かに、あの時より今日の絢は強かった。でも、あの時だって、絢は言ってくれたんだ。“ もう少し、ぶらぶらして帰ろう” って」
(あ……)
そうだった。
だって、つまりそれは――……。
「私にとっても、デートだったからだよ」
姉だから、映画に一緒に行くことすらできなかった。
ただの映画鑑賞すら、私は姉でいることができなかった。
「……え」
何のことはない。
あれは、強がりですらなかった。
でも、買い出しなら。
生活に必要なそんな行為なら、私のなかで姉弟でいられるギリギリのラインだっただけ。
でも、それすらも私の心の中だけは――……。
「都合のいい時だけデート。誰かに見つかれば、ただの買い物だって言える。その、ギリギリのところだった。……弱いよ。狡いんだよ」
でも、これからは違うから。
絶対に、違うようにするから。
「……そっか。俺、知らないところでずっと幸せ者だったんだね。好きな人に男だって思われてて、かつ、そんなに強くも狡くもなってくれるほど、愛されてた」
意味を考える隙を突いて、悠がこちらを向いた。
「あの時の俺は、それで十分すぎるほど救われたけど。今の話で、もっと幸せになれた。ありがとう、絢。好き……大好き」
弱くて狡いと言った顔を、これ以上ないくらい愛しそうに見つめる瞳をとても直視できない。
「絢の狡いは可愛いくて狡い、だね。ほら、食べよう? 料理もね、できたら加点貰えるかなーっていう打算でしかないから。美味しかったらちゅーして」
「……最後のだけ、狡いかも」
美味しそうにしか見えないし、たとえ不味くても私の方がキスしてほしくなる。
「でしょう。そして、俺のは可愛いくないよ」
意味を計りかねて笑えない私の肩を抱いて、小さなテーブルへと誘う。
(……もう少しだけ、待って)
離れたところにあったバッグのスマホが新着メッセージを知らせたのを無視したのは、私だけに違いなかった。