弟、お試し彼氏になる。
母からの返信は、ある意味予想と違っていた。
『私はね、賛成というか、二人の自由だと思うんだけど……』
要は、どうも父が――悠のお父さんが反対しているらしい。
悠が帰った後、一呼吸置いてから返事をすると母には珍しく煮え切らない態度だった。
しかも、「文字じゃ伝わりにくいから、電話で」と言ってきたのも、話の内容からして不自然な気もする。
「まあ、悠も私も想定はしてたから……ショックじゃないとは言わないけど、だからって気持ちは変わらないよ」
その言葉どおり、酎ハイのプルタブを起こし、せめてもの丁寧さを込めてグラスに注ぐ準備は万端だ。
『そうじゃないのよ。何ていうか、私もよく理解できてないんだけど……お父さん、どっちかというと絢のことが心配みたい』
「……えっ? 」
とても、素面でできる親子の会話じゃない。
そう思って勢いをつけて喉に流そうとした液体が、上手く飲み込めなかった。
『……私もにわかに信じがたいんだけど。その理由も、悠くんが弟だからってわけじゃないみたいなのよ。つまりその、悠くん自身に問題を感じてるみたいなの』
「問題って? そんなのないよ」
問題点を挙げるとするなら、私には完璧すぎる彼氏だということくらい。
欠点なんか何一つ見つからなくて、寧ろそれに困ってしまうくらい最高の彼氏だ。
『だから、私も信じられないって言ったじゃない。どうして、そんなに心配になるのか分からないくらい、お父さんは絢のこと心配してるの』
「……意味分からないよ……。お父さん、理由は何て? 」
つい声を荒らげてしまって、お母さんも困惑しているのが伝わってくる。
どうにかトーンを和らげようと、また一口グラスを傾けた。
『悠は、絢ちゃんを好きすぎるからって。じゃあ、何も問題ないじゃないって言ったんだけど……そこが大問題なんだよってちょっと怒られちゃった』
「何それ……。そんな曖昧な言い方じゃ納得できないよ。とにかく、反対するならもっと理由を明確にして。てっきり家族だからって言われると思ったのに、そんなことじゃどう反論していいのかも分からない」
こっちは、何言われても徹底的に反論するって決めていたのだ。
それでも理解してもらえないなら、強行突破するつもりだったし、元・姉弟なんて邪魔される謂れはないって自分を奮い立たせて電話に出た。
こんなんじゃ、その決意の行き場は完全に見失っている。
『……そうよね。絢からしたら、本当にそうだと思う。お父さんがはっきり言わないのは気掛かりだけど、だからこそ想像なんだけどね……』
「……っ、ごめん。ちょっと待って」
悠からのメッセージだ。
『今、話せる? 』の返答に迷ったのは、一瞬。
「ごめん。続きはまた今度でいい? できたら、お父さんが反対してる本当の理由を知れたらいいけど……でも、それが何だとしても答えは変わらない」
誰かに、たとえ両親に何かを言われたくらいじゃ、もう引き返せない。
そんなの最初から分かってたことで、それで諦められるくらいなら私も悠も行動に移したりしてない。
「悠が好きなの。誰がどう言ったって、私はもうそれが悪いことだなんて思わない」
早く、悠の声が聞きたい。
そうは言っても脆くなりそうなこの気持ちを、より強固にできるから。
『……あ、絢? ごめん。もう声聞きたくなっちゃった』
「……私も」
(まだ間に合うって思われてる……? )
お父さんの考えは、検討もつかないけど。
――たとえ戻れるとしても、私は絶対に戻らない。