弟、お試し彼氏になる。




チャリ……よりも、シャランというもっと軽快で耳触りのいい金属音だったと思う。
ああ、悠がプレゼントしてくれたんだ。
それも、こんなにもたくさん。


『今までの分だよ』


遠慮する私に、そうそっとキスしてくれながら「気にしないで」と填めてくれた。
ブレスレットだったかな、ネックレスだったかな。
ううん、こんなにいっぱい着けてくれたのだから、どちらもあったんだと思う。
目を開ければ分かるのに、まだ微睡んでいる私に優しく笑って、頭を撫でてくれる感覚を味わう。

心地いい。
すごくすごく、何だか分からないほど幸せ。
でも、やっぱりこの音は「チャリ……」だ。

――どうだっていいことだけど。





・・・




『次の休み、家で過ごしたい? 出掛けたい? 何かしたいことあったら言ってね。今度の休みは、一日絢の日だよ』


悠の電話の内容は、そんな感じだった。
私の日――つまり、私の要望を何でも叶えてくれる日ってことらしいけど、はっきり言っていつものことだ。
慣れたとかそういうことじゃなく、悠はいつも私に寄り添おうとして、実際何でも叶えてくれる。


『え、いつもって。そんなことないよ。この前は、絢が俺を癒してくれたでしょう? だから、今度は俺の番ってだけ。それに、絢が俺を癒してくれるのこそ、いつものことだよ。だから、今週は俺にさせて。ね? お願い』


申し訳ないっていうのも、言えた試しがない。
せっかく準備してくれてるのを断り続けるのはもっと悪いし、希望を伝えた時のはしゃいでる声を聞くとこっちまで嬉しくて――原因不明の切なさに襲われ、泣きそうになる。


(……今週、いつも以上に忙しそうだったな)


それなのにいつも、私の予定ややりたいことを先に確認してくれる。
それに合わせて仕事や他の用事を済ませようとしてるから、いくら悠の希望と言われてもこれじゃダメだ。
だから、せめて「今度は、悠のところでゆっくりしたいな」と伝えた。
それだって嘘じゃないし、私の希望で気遣いとも言えない――のに。

全然、「了解」じゃなかった。


「……ここ、どこ? 」

「あれ、俺の部屋でゆっくりしたいんじゃなかった? 気が変わったなら、もちろん外出もいいけど、そうする? 」

「し、しない。だって、悠、全然ゆっくりしててくれないんだもん……」


広いキッチンも、おしゃれなテーブルも。
いつもと同じようで、まるで高級レストランに招待されたようだった。
出てくる料理もワインも凄すぎて、私はこんな格好で来てよかったんだろうか。
デートだからそれなりに頑張ったとはいえ、それすら怪しい。


「あ。ゆっくりしたいって、やっぱり俺の為だったんだ」

「ち、違う。私がそんな気分だっただけ」


「絢は座ってて。今日は、絶対何もさせないからね」と言われた手前、こうしてダイニングでじっとしてるしかできない。


「ふーん、そうなの。ちなみにさ、絢が言ってた観たい映画って何? 連休は混んでるし、こっちで観たいのがあるって言ってたけど、具体的には言ってなかったよね」

「え、そ、それはその。ちょっと、タイトルど忘れしちゃったけど」


吹き出したのは、ほんの少し。
美味しそうな料理が乗った、これまたおしゃれなお皿をテーブルに並べてくれた後、空いた手で私の頰を包む。


「だから、今日は俺が絢にしたいの。可愛いことして、俺を喜ばせるの禁止」


唇が触れて、重なって、離れる。
慌てて目を閉じて、ゆっくり開いて。
見えた悠の方が、絶対に色っぽくて反則だったのに。


「……だーめ」


囁かれたのは、なぜか私だったのは。
余裕がないのと、恥ずかしかったのと――私は、悠に禁止なんてできず、もっとを欲しがってしまうからだ。




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