弟、お試し彼氏になる。



ベッドに戻ってきてくれた悠は、私の両手を取って諭すように言った。


「そうだよ。遅れちゃったけど、これは絢の誕生日のお祝い。俺のじゃないんだよ」

「分かってる」


雰囲気に流されてると思われただろうか。
それも間違いじゃないけど、嫌だったら流されようなんて思わない。


「なーら、俺が貰っちゃダメでしょう? ……ごめん、俺が昔の話なんかしたから……」

「違うよ」


確かに、悠の誕生日はまだ遠い。
でも、別に何のイベントもなくたって、私は――……。


「私が、もっと悠と一緒に……近づきたいって思っただけ。だから、その。断るのは悠の自由だし、権利……」


――私が、望んでる。


「……っ、なんで俺が断る話になるの。そんなわけないじゃない。俺は、ずっと……ずっと我慢してて。しまくってて、既に気が狂ってると思うのに」

「……ご、ごめん……? 」


いや、私だって我慢というか、叶わないって思ってたけど。


「だから、断ってあげられない、から……」

「えっと……断られない方が嬉しいけど」


(……泣きそうな顔、初めて見た)


初めてキスされた時は、目を瞑っていたから分からなかった。
あの時も、こんなふうに辛そうな顔してたんだろうな。

そんなことを考えられるくらいの間を置いて、私は押し倒されていた。


「……また、抵抗しないの。でも、今度は全然違うよ」

「……それ、分かってないと思ってるの? 」


こんな顔、させたいんじゃないのに。
やっぱり、こんなこと私から言わない方がよかったのかな。


「ごめん。私から言われたら、強制してるみたいなもの……」

「……っ、違う。押し倒してるの、俺だよ。寧ろ、俺が絢に言わせたみたいで心配なんだ」


頰を包まれて、反射的に目を閉じる。
そして、ほっとした。
私はちゃんと、ドキドキしてる。


「ずっと、悠がいいと思ってた。そんなの無理で、許されなくて……いつか、他の誰かとそうなるのかなって漠然と思いながら、諦められなかった。でも、今は他の誰の許しもいらない。悠が……ん……」


――悠が、好きでいてくれたら。


「……ごめん。止めてあげられない。ごめん……」


深く口づけられる合間に謝られて、必死で首を振った。


「悠と付き合うって決めた時、何も悪いことじゃないって思い直した。でも……もう、これが悪いことでもいい」


私は、そう決めたから。
悠の部屋に泊まった時、悠がうちに遊びに来た時。
そのどちらかを繰り返すたび、もうそうとしか思えなくなった。
勝手かもしれないけど、悠といる為なら、もう何だっていい。
昔できなかった判断を、私はとっくにしてしまっていた。


「絶対に幸せにする。俺は、絢の大切にしてきたものをたくさん奪ってしまうから。それでもよかったって思ってもらえるように、俺が、絢を大切にする」


(大切なもの……)


他に一体何があっただろうかと、心当たりを探してみても既に何も思いつかなかった。
だから「特にないよ」と言おうとしたけど、すぐにまた唇を塞がれてしまう。


「できたら、絢の希望や理想を教えてもらえたら、そのとおりにするけど……って、やっぱり嫌? 恥ずかしいか」


今頃真っ赤になったのを楽しそうに笑われても、今は癪だとは思えなかった。



「じゃあ、仕方ないね。……俺の夢、叶えさせて。ちょっとでも嫌なことしたら、すぐ言ってね。それだけ、約束」


だって、悠の夢はきっと私に甘いのだろう。
後に続いた言葉が、それを証明している。





< 38 / 62 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop