弟、お試し彼氏になる。
悠は優しかった。
緊張してパニックになりそうな私を笑うこともなく、意地悪することもなく。
ただただ甘く、甘すぎて呼吸困難になりそう。
「絢……好き。可愛い……」
恥ずかしいし、悠は色っぽいし、私だって好きだ。
でも、こうも盲目的な可愛いがいつも以上に連発されると居た堪れなくて、「恥ずかしい」に集中できない。
おまけに。
(……今度は、準備しておこう……)
初めての夜とは思えない下着だし。
「ごめん。サプライズにするからだよね」
「そ、そういうわけでは。私こそ、何かごめん」
考えてることもお見通しで、そんな色気皆無の私に愛しそうな視線を注ぐ。
「それでも、綺麗。可愛い」
「……っ、も、もういいよ……」
慰めやその場のリップサービスだと、他の人なら思ったかもしれない。
でも、その目は私自身すらそう思えなくて、自惚れかもしれないし、どうしてだか分からないけど、本当にそう思ってくれてるように見える。
「無理だよ。だって、さっきから思ってるんだけど」
何だろう。
私、何か変なことしたっけ。
ただ硬直するしかできてないと思ったけど、ものすごく変な顔したりしたのかも――……。
「俺、今日何回可愛いって言うかな」
いっそう挙動不審になる私を、また何か違うめちゃくちゃ可愛い生き物を見るような目で見て言った。
「……は……し、知らない……じゃなくて、い、今ので最後だと思う」
そんなこと気にしなくていい。
っていうか、不思議なのは私の方だ。
第一、これ以上言われたら身が持たない。
「えー、それは違うと思うな。絶対ハズレ」
「な、なんで……」
キスされるか、可愛いって言われるか、好き――……。
どれか一つだけでも発狂しそうなくらい照れるのに、同時に繰り出されたりもするから、このままだと私は正気じゃいられなくなってしまう気がする。
「だって、もうまた可愛いから」
ああ、もう狂ってしまえ。
悠の激甘に慣れる日はきっと一生来ないから、いっそ狂ってしまった方がいいのかも。
耳に口づけられながら、ベッドの上で繋がれた両手を見ながら、そんなことまで思い始める。
「……可愛……」
悠の声が途切れてくる頃には、姉でいたことなんて忘れてしまいそうなほど、どうだってよかった。
血が繋がってなくてよかったという思考すら薄れて、どうしたって私は悠が好きなんだ、と。
それしかもう、考えられない。
・・・
無意識に温もりの方に寝返りを打つと、優しい笑い声がした後に頰を撫でられた。
「大丈夫……? 」
「ん……」
目が覚めたこともバレていて、諦めて目を開けたタイミングで唇が重なる。
「おはよ。って、まだ夜中だけど。何か飲む? 持ってくるよ」
「……大丈夫……」
まだ、離れてほしくない。
引き留めようとくっつくと、なぜか目を丸めて、その後やっと笑ってくれた。
「……あーあ。俺、弱」
「何が? 」
自嘲気味な笑い方だったのが気になって見上げると、髪を梳かれる途中で耳を擽られた。
「今日は、絶対手を出さないって決めてたのに。意思弱すぎだろ。……ごめんね」
「な……そ、そんな。それはその、私が」
過ぎた誕生日の為に、そんな決意までしてくれてたんだ。
前半の乾いた笑い声は自分に向けたものだったのか、声も口調も私用とは少し違った。
「ん。絢が可愛いせいだけど。それに負け負けなのは、俺のせい」
「……っ、今日分の可愛いは終了した」
「何それ。受付時間決まってるの? 困るんだけど。可愛いな、もう」
(……悠の可愛いの使用幅が広すぎる……)
ペットか赤ちゃんくらい。
それはともかく。
「私は、今までで一番幸せな誕生日だった」
「……ありがとう。来年は、ちゃんと当日にお祝いして、それ更新するね」
大丈夫。きっと、そうなる。
悠と一緒に、叶えてみせる。
「……あ」
「え? 」
悠の誕生日は、今日の私以上に素敵な日にしたい。
そう意気込んでいると、ふと悠が顔を上げた。
「日付け変わったからいいよね。……可愛い」
「……もう」
つられて私も上を向いたけど、壁時計に目がいく前に悠の両手に頬が捕まってしまった。
キスを繰り返しながら、器用に片方だけ耳に移動する気配にゾクリとしているうちに、時間なんて完全にどうでもよくなってしまっていた。