弟、お試し彼氏になる。

運命





「……うん。だから、大丈夫だってば」


支度をしているところに、痺れを切らした母からの電話。
コーヒーを淹れながら適当にする話でもなかったけど、事実も気持ちも変わらない以上どうしても荒い言い方になってしまう。
お昼前、微妙な時間に準備なんかしているのも、ベッドから抜け出す時間があまりにも遅くて、その後のことが押しているせいだけど。


「悠は……」

『お父さんが心配してる。絢ちゃんは大丈夫かって、そればっかり。それでね、ちゃんと話しておきたいって……』


悠は大事にしてくれてるよって。
きっと他の誰よりも。
だから心配しないでって言うのを遮って、何か大事なことを言われかけた時、ふいに後ろから重みを感じた。


「あ、母さん? 久しぶり。元気? 」


後ろから耳元にキスされたのと、悠が急に喋りだしたのはどちらが先だっただろう。
どちらにしても、こんなにピトッとくっついてたら、母にも音が聞こえたんじゃないだろうか。


「俺は元気だし、幸せ。絢を怒らないでね。俺が頼み込んで付き合ってもらったんだ。絢は優しいから、俺を好きになってくれただけ」

「何言ってるの……!? 」


そんなわけない。
頼み込まれて聞けるようなことでもないし、そんなことされてない。私が、自分の為に決めたことだ。


「……私だって、ずっと好きだったのに」


その声だってスマホは拾ったはずだけど、恥ずかしくはなかった。
二人の気持ちは変わらないって届けばいいけど、どうしても理解してもらえないなら仕方ないと思える。
それくらい、悠との関係は変わりようがないことなんだ。


「ん……ありがと。母さん俺ね、俺一人反対されたり軽蔑されたりするのは構わないんだ。でも、絢のことは悪く思わないで。それから、どうか……絢の為に祝福してくれたら嬉しい。うん……伝えとく。じゃあ、また」


通話を終わらせた悠の方に向き直って、そのまま身を寄せる。


「……もう」


そうやって、一人だけ悪者になろうとする。
これは悪いことじゃないんだから、そんな必要ないのに。
分かってもらえないのなら、それは考え方が合わないだけだ。無理に合わせようとすることもない。


「反対してるわけじゃないって、絢に伝えといてって。まあ、賛成には至ってない感じだったけど……今度、挨拶に行こうか。俺もずっと会ってなかったし」

「うん……」


守ってくれるのは嬉しいし頼もしいけど、私の分まで悠が傷ついてしまうのは嫌だ。
両親だって最初は困惑するのは当然で、だからこそ言いたいことがあるなら言わせておけばいいと思うのは、私が冷たいのかな。


「……私、普通の彼女だから。略奪でも何でもない。悠が背負うようなもの、持ってないよ」

「結婚前提のお付き合いなんだから、挨拶するのは普通でしょう。幸せにしたいって思うのも、俺にどうこうできることじゃなくても、可能な限りしてあげたいって思うのも」


(……結婚)


できるのかな。
ううん、できたらもちろん幸せだ。
でも、たとえできなくても、他の誰かといるより好きな人といたい。


「悠はしてくれすぎ……ん……」


思考がバレたのか、不安を払拭するように唇を塞がれる。
そして、大丈夫って言われたみたいに、ゆっくりしたキスが始まった。


「普通だよ。でも、他の男がそうじゃないなら、俺が勝ってるよね。……なら、俺を選んでね」

「き、競う相手いないし、既に選んでる」

「そんなわけないよ。絢が気づかなかっただけ」


本当に、悲しいくらいそんな経験ない。
ずっとそう言ってるし、誰より悠が知ってることで――……。


「何でか、真っ赤。何とか、ベッドから出たところだったのに……どうしよう、可愛いの終わんないね」

「どっ、どうもしないし、可愛いくな……」


(コーヒー、冷める……)


どうにか何かを視界に入れて、火照りから逃げようとしてみるけど。


「俺が淹れるよ。だから、もうちょっとだけ、俺にちょうだい」


私は幸せだ。
恋に夢中になった、どこにでもいる誰かと同じように。


『お父さんが、ちゃんと話したいって……』


なのに、どうして……?





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