弟、お試し彼氏になる。
「……な……」
何を言ってるの?
悠の溺愛ぶりが異常と言うならともかく、二人が結婚したのが悠の思惑どおりって、一体どうしたらそうなるのか。
だって、結婚するには出逢わないと話にならない。
子どもだった私たちに、そんなことを仕向けられるはずがないじゃない。
そもそも、私はお母さんに報告されるまで「お父さん」の存在を知らなかった。悠だって同じはずだ。
「悠に確かめたわけじゃない。以前、それとなく尋ねたことはあったけど、はぐらかされたから。でも、恐らく……僕とお母さんが出逢うより前に、絢ちゃんは悠に会ってると僕は思ってる」
「……そ、そんな……意味分かんないよ。二人が出逢う前って。順番おかしいじゃない。大体、二人がいつから付き合ってのかも、知り合った時期もよく知らない。悠だってそうだよ」
お父さんは、何を言ってるんだろう。
いや、私の耳がおかしいのか。
親の再婚とは言え、長いこと住んだ家に急激に違和感を覚え始める。
まるで、知らない世界にでも迷い込んだみたい。
「……昔、悠は身体が弱くてね。よく風邪を拗らせて入院してた」
「……そうなんだ」
知らなかった。
出逢ってからの悠は、それほど大きな病気はしてなかったと思うけど、今は大丈夫なんだろうか。
私の為にすぐ無理をするから、これからはもっと気をつけないと。
でも、それが何の関係が――……。
「絢ちゃんは覚えてないみたいだけど……絢ちゃんも、何度かその病院に掛かったことがあるって」
「……そんな……。そんなこと言ったら、みんな知り合いになっちゃうよ。偶然に決まってる。第一、何回も会って話してたら、さすがに私も覚えてるはず」
私だって、子どもの頃は救急外来で診てもらったことくらいある。
それですれ違ったからって、そんなの誰が覚えてるって言うんだろう。
「……うん。絢ちゃんの記憶には残ってないと思う。そもそも具合が悪くて病院に来てるんだから、それどころじゃなかっただろうし。でもね、お母さんに確認したら、ちょうどその時期、男の子と仲良くなったんだって。……当時の悠くらいの年齢の」
(……だから、それと悠と、悠と私のことにどう関係があるの)
頭がぐるぐる、グラグラして吐き気がする。
本当はその時点で、私はお父さんの言わんとするところは察しているのだ。
「その男の子が悠だったとしても、仲良くなったのはお母さんでしょ? そんな小さな子が、女性として口説くなんてそんな」
「無理だね。悠もそう思ったんじゃないかな。絢ちゃんといくら仲良くなったって、こんなに遠くに住んでたらなかなか会えない。大人には大した距離じゃなくても、子どもなら当然だ。だから……」
――だけど、もし、親同士が仲良くなったら……?
「好きな子と、ずっと一緒にいられる。……あの頃から、悠はそう思ってたんじゃないかって。勝手に父親ぶって申し訳ないけど……僕は不安なんだよ」
父親ぶってるんじゃない。
私は本当にお父さんだと思ってるし、母と離婚してもそれは変わってない。
離婚した理由によっては気持ちが変わらないとは言えないけど、こうして実の娘みたいに心配してくれるのを見ると嬉しいし有り難い。
それでも、酷い妄想だ。
ううん、心配のしすぎで話がおかしくなってるだけ。
なのに、どうして、何も言い返せないの。
「……絢……」
「……っ、なんで……」
リビングのドアが細く開いて、おずおずと顔を覗かせたお母さんと目が合った。
(……離婚したって……何なの)
そういえば、離婚した後どこにいるのか聞いたことなかった。
私、馬鹿だな。
そんな心配もしないなんて、なんて親不孝なんだろう。
確かに、そうも思った。
――でも。
何から何まで騙されたみたいで、何が本当だか分からなくて。
咄嗟に鞄を持って、走り去っていた。