弟、お試し彼氏になる。
・・・
「……あ……」
目を開けた時に聞こえたのは、私の声じゃなかった。
「悠……来てくれてたんだ。ごめん、気づかなくて」
「……っ、ううん。俺こそ、連絡もせずに来てごめん」
それは多分、優しい嘘だろうな。
きっと、いくら待っても既読すらつかないから、心配で様子を見に来てくれたんだ。
「……ベッドに運ぼうかなって思ったんだけど」
「重かったでしょ。ごめんね」
「……がう。違うよ。だって、絢……」
言おうか言うまいか悩むように、悠の目が泳ぐ。
優しさにふと笑ってしまった私は、その判断を悠に委ねた。
「……泣いてた、から。触れられなかったんだ。でも、ここまできて、それも最低な気がして……悩んでる間に、絢が目を覚ましてた」
「……そっか」
苦しそうな顔を見ていられなくて、目を落とした先にブランケットが落ちていた。
せめて掛けてくれようとした時に、私が目を開けて驚いたんだろう。
切なくて悲しくて、目を逸らした自分に腹が立って、ずっと中腰だった悠の首に腕を回した。
「連絡できなくてごめんね」
それを拒絶だと、受け取ったかもしれない。
当然だと思う。
私が一人で泣いていた理由は明白で、頼ってもらえなかったと知った時の辛さは、そんな顔をさせてしまくくらいひどかった。
「絢は何も悪くないよ。でも、あの……」
抱きつかれて、信じられないものを見るような。
自分に起きていることを認めていいのか戸惑うみたいな、そんな顔をさせてしまうなんて。
「……俺、絢に触れていい……? 」
大好きな彼氏にそんな質問をさせてしまうくらい、私はひどい。
「当たり前だよ。……あのね、悠……」
「……当たり前じゃないよ」
説明しなくちゃと気持ちばかり焦って、悠の名前しか言えない。
「……ありがとう。本当に、ありがと、絢。……ごめんね、俺なんかが好……」
「それ以上言ったら、許さないから。そんなこと、絶対ない。悠じゃなかったら、私、こんなに幸せじゃないんだよ。他の人じゃダメなんだから。誰が祝福してくれたって、私が嫌なの」
両親が悠に連絡したのかもしれない。
あんな別れ方をしたから心配してくれたのかもしれないけど、あんまりだ。
悠に私が大丈夫か確認させるくらいなら、何も言わずにそっとしておいてくれたら、それでよかったのに。
「別に、いつ出逢っててもいいよ。何が最初だっていい。私は、悠を好きになったの。どうして……」
悠と今一緒にいられたら、それで幸せだって。
そんな単純なことを、どうして誰も分かってくれないの。
そうやって自分勝手に誰かを何かを詰ってしまいそうだったから、悠に会いにいけなかった。
こんなところ、好きな人に見られたくなかったから。
「……絢は、やっぱり優しいね。そんなことで泣いて……他に泣きたいくらい怖いことも、気持ち悪いことも知ったでしょう? それを “好き” で済ませるには、相当の愛情が要る」
「好きって言ってるのに。悠の馬鹿……」
「だね。ごめん」
悠はたくさん「好き」をくれるのに、私からのは受け取ってくれない。
まるで、失くなった時を恐れるように、ほんのちょっとずつ大事そうに摘んでいく。
始まりを思えば、それも仕方ないと思ってた。
でも、これからはもう許さないから。
「またそんなこと言ったら、可愛い禁止だからね」
「え、それは困る」
よかった。
今日初めて、ちゃんと笑ってくれた。
「悠」
「……ん? 」
その笑顔も、私の為にかなり無理してくれてるって知ってる。
だから、それが少しでも楽になりますように。
そう祈りながら、自分から唇を重ねた。