弟、お試し彼氏になる。




悠はご機嫌だ。
というか、会えたらいつもニコニコしてくれるけど。


「うーん。盆と正月がいっぺんに来たって、こんな感じ? 絢が来てくれて、ごはんもデザートも準備してくれてて、食後こうやっていちゃいちゃしてくれるとか」

「……喩え、違うと思う……」


(また、そうやって大袈裟に喜んでくれるし……)


お父さんも優しいし大変だったとは思うけど、悠にとっては少し違ったのかもしれない。


「それより悠、ちゃんと食べてた? キッキン用品すごく揃ってるけど、忙しいのに料理までして大変だったよね」

「大丈夫だよ。自分が作ったものは特に美味しいとは思わないけど、絢に会えた時に任せきりにしたくなくて練習したんだ。作ったら、必然的に食べなきゃいけないからね。それに、あんまりファストフードとか好きじゃないんだ」


(……あ……)


その一文字を、悠も私に思ったらしい。
やっぱりって顔して、私を胸にそっと寄せた。


「トラウマなのかな。別に嫌いじゃないんだけど、たまのご褒美みたいに思えないんだよね。……可愛かったな。“下手だから、練習しとく!” って、あの時絢は言ってくれて。俺なんかの為に、そんなことで泣きそうになって。未だにこの感覚になるんだ。絢を見てると、可愛くて嬉しくて、胸が苦しくなる」


何気ない一言を、悠はこんなにも大切にしてくれる。


「宣言したわりに上達してなくてごめん。今度こそ、もっと練習して……ん……」


それなのに私はなんていい加減なんだと、自分を殴りつけてやりたいのに。
悠からは、こんなに優しいキスだけだ。


「十分、上手だよ。ねぇ、これは覚えてる? お姉ちゃんだった絢も、バレンタインは手作りしてくれたよね。俺、めちゃくちゃ嬉しかったのに、やっぱり伝えるの下手で……練習台だって自分で言ったんだ。実際、それでもよかった。絢は彼氏も好きな男もいないって言ってたけど、どうせ弟には奪えない。だから、練習台に使われても構わないって本気で思ってたんだよ。でもね、絢は……」


『いいよ。練習台になってあげる』


確かに、あれは痛かった。
怒ったりしないで、本当は泣いちゃいたかった。


『笑ってそんなものになってくれるくらいなら、捨てられた方がいい。姉なんかに貰ったって、嬉しくないって。要らないって言われた方がましだった』


「俺に、弟にならせてくれなかった。……また、絢の好きなところが増えた。ああ、俺、絢のことがすごく……すごく好きだ。そう痛感するのに、絢にあんなに苦しそうな顔させて、泣くことさえさせてあげられない自分が情けなかった」


不思議だ。
あの頃は、姉だというだけで泣かないでいられた。
血の繋がりがないせいか、途中から姉弟になったせいか、本気で喧嘩したこともない。


「だから、これからはね。俺がいっぱい、絢のこと大切にしたい。俺の気持ち、伝えていきたい。お願い……俺にさせて……? 」


なのに、今は止まらなかった。
涙は溢れるし、正直怒りも湧いていた。


「練習台とか言ったら、今は許さないから」

「うん。俺の為に頑張ってくれて嬉しい。……絢は甘いね。あの時も本当は、チョコの匂いさせてる絢が可愛くて堪らなかった」


怒ってるのに。
昔のことで今更イライラしてるのに、悠はそんな私すら堪能するように鼻先と唇を私の首筋に寄せる。


「甘いのは大好き。目の前にあると余計に……ね」


――止まらなくなる。

あの時の悠も、こんな顔してたかな。
言うだけ言って私は逃げてしまったけど、あの後リビングに戻るとチョコはなくなってた。
ペロリと舌で唇を拭う悠が、妙に色っぽくて妖しくて……毒々しくて見ていられないのに、目が離れない。

今も昔も、きっと気のせい。
だって私は、あまりの熱さに目を瞑ってしまうのだから。





< 57 / 62 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop