弟、お試し彼氏になる。







翌週。
ちょうど悠も休みが取れたということで、早速二人で悠の友人宅を訪れた。


「すごい家でしょう。この辺りで一番の高級地じゃないかな」

「悠の部屋も十分すぎるほどだけど……すごい友達がいるんだね」


高級住宅が並ぶ街だな、とは何となく思っていたけど、お友達の家は予想を遥かに凌駕していた。


「うん。でも、そんな堅苦しい感じじゃないから安心して。絢のこと話したら、奥さんも楽しみにしてるって言ってたし」


建物を見上げるのも首が疲れちゃいそうで、顔を正面に戻した私に笑って、手を引いてくれた。

悠の言葉どおり、出迎えてくれたのは素敵なご夫婦だった。
確かに奥様は少し内気そうだったけど、旦那様と赤ちゃんのおかげで会話が途切れることもなく、時間が経つにつれてお互いに打ち解けてきた。


「可愛い……」


これを言ったのは私。
悠じゃないけど、もう何度言ったか分からない。
眠ってても起きてても可愛いし、発する声もすべてが可愛いんだから仕方ない。
悠とは違って、この可愛いは全人類共通に決まっている。


「絢さん。あの、よかったら……抱っこしますか? 」

「えっ、いいんですか? でも、泣いちゃわないでしょうか……私、あんまり赤ちゃんと接したことなくて」


しまった。
あまりに可愛い可愛いって言い過ぎて、知らない間に圧力を掛けてしまっていたかもしれない。


「大丈夫ですよ。この子、さっきからご機嫌で。絢さんが来てくれたからかも」

「そうだよね。妙に機嫌いいよね。僕が抱っこすると、未だに拗ねるのに」

「そ、それはたぶん泉くんが……えーと。とにかく、絢さんなら大丈夫かと」


(奥さん溺愛しすぎて、ママを取られちゃうからかなぁ……)


内心失礼なことを考えながら、「じゃあ」と恐る恐る腕を伸ばす。


(……赤ちゃんだ……)


そんなの分かりきっているけど、感動してそうとしか言えなかった。
幸い本当にご機嫌でいてくれて、ペタペタ私に触れてくれたりして、もう可愛いを通り越して胸がいっぱいになる。


「すごい、絢。初めて会ったのに」

「私じゃなくて、赤ちゃんがいい子なんだよ」


何とも言えない、幸福感。
そこに悠の声が混じって、急にドキドキしてきた。


「ううん。絢さん、きっといいママですね」

「……そ、そんな。……なれたら、いいですけど」


照れるところでもないかもしれない。
でも、この甘い視線をどうしたらいいのか。


『結婚を前提に……』


悠は、そう言ってくれた。
あんまり気にしてなかったというのは大嘘で、深く考えないようにしていたというのが正しい。
もしくは「大切にする」を言い換えた言葉で、今すぐどうこうというより、「いつかは」という意味だと思おうとしていた。
それは、悠がそんな意味で言ったんじゃないからではなく、私が期待してしまわないように自らに言い聞かせていたのにすぎない。


(本当に……結婚したいって思ってくれてるのかな)


心の中で問い掛けたのは、悠は思ってもないのに言わない――そうも言っていたのを覚えているから。


(……って、勝手に妄想しすぎ。結婚もだけど、子どもは結婚してからの話だし。具体的な話も出てないのに、人様の赤ちゃん抱っこさせてもらって、勝手なこと……)


――でも、憧れは憧れだ。

悠に負けず劣らず奥さん溺愛モードの旦那様と、可愛い赤ちゃんを見て、何も思わないはずない。
まだ早い、なんて先延ばしにすることすら思わないのは、私は期待だけに留まらずに想定してしまっているんだろう。



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