弟、お試し彼氏になる。



・・・



悠は車で来ていて、まさか乗せてもらって一緒に帰宅するなんて、ちょっと気まずい。
車の中で話すのも気が引けて何も言えない私の目元にそっと触れて、悠も「ごめんね」とだけで終わらせていた。


「あーあ、バレちゃった。でもね、勘違いしない方がいいよ。……俺は、いい人じゃないから。サイコな悪魔で合ってる」


家に到着して、無言で説明を求めた。
サンタと悪魔が同一人物だとは思えない。
納得がいかずに睨むと、力なく笑って頰を撫でた。


「俺は、絢が手に入るなら何でもする。忘れた? ……じゃあ、これはどうかな。子どもがいる友人に会わせたのだって、裏があるのかもしれないよ。たとえば、こうかもしれない。絢の母性本能を擽って、子ども欲しくなってもらう為……とかね」

「……あの時も言ったけど、いつか欲しいよ。その相手は、好きな人じゃないとあり得ない」


それも、もしかしたらと思っていた私がおかしいんだろうか。
確かに、幼い頃からのぼんやりとした憧れが、あれで後押しされてぐっと強くなった。
同世代のご夫婦と過ごしたことで、その時隣に悠がいたことで、直接言われたわけじゃないのに現実味を帯びた気さえした。


「あの二人が実はやらせだったとか言ったら、怒るけど。……友達だよね」

「そこは本当。っていうか、さすがにそこまでされたら逃げた方がいいよ。怒るだけで済ませようと思ってるなんて、絢は、もう……」


(なんで、アドバイスされるの……)


ジトッと見上げたけど、すごく息苦しそうな顔で抱きしめられて、何も言えなかった。


「なんでそう、天使なのかな。……堕落させちゃいたくなる」

「い、意味分からな……」

「……分かるでしょう……? 分からせて、あげるよ」


その場しのぎで発した言葉を打ち消すように、何度も唇が重なる。
いつもと違う少し怖い雰囲気に肩が跳ねたけど、キスも触れる手も優しかった。


「……ね。俺との結婚、ちゃんと考えてくれる? 手始めに同棲も。絢の仕事に不便なら、俺が引っ越してもいいよ。それか、絢が嫌じゃないなら、ゆくゆくの為に時短勤務してくれてもいい。送迎も喜んでするから、一人で歩いてほしくない。結婚してくれるなら、絢の希望はある程度何でも通るよ」


キスをしながら、私に甘いのか厳しいのか分からない要望を一つ一つ言われ、頷く余裕もない。


「悠はいつだって、私のこと考えてくれてるよ。私の希望、叶えてくれてる」


だから、そんな脅迫必要ない。


「……はぁ。どうして絢は、俺を悪魔のままでいさせてくれないの」

「弟だからって我慢したり頑張ってくれたりする時点で、優しいと思うんだけど……」


弟だって立場を利用することも、しようと思えばできたはず。
こんな回りくどいことしなくても、両親が離婚した時点でも、もっと楽な方法はあったと思う。


「……だから、あの。いろいろ、準備していこう? 急に時短勤務は、ちょっと無理だし。送迎は、悠が大変だから要らない。一人でも歩くけど」

「……えー……。もうちょっと、譲歩してくれない? せめて、迎えだけでも。この前の男、牽制も必要だと思うんだ」


(……彼氏の家から通うから時短勤務なんて、通るわけないと思うんだけど)


「牽制する必要、どこにもないから。でも……少しずつ、完全同棲に近づけていきたいし、その。準備もしていきたい……」

「ほんと……!? うん……うん、もちろん。二人で決めてこうね。結婚して、落ち着いて、絢の気持ちが向いたら……ね。計画していかなきゃ」

「……う、うん……」


悠こそ、ちょっと譲歩してほしいんだけど、ちゃんと聞いてるんだろうか。
一抹どころではない不安はあるけど、頰を紅潮させて喜んでいるのを見ると、まあいいかと思ってしまう。


「ね、絢」

「ん? 」


私も大概どうかしてるなと自分に呆れていると、そっと顎を持ち上げられた。


「愛してる。俺に、絢を幸せにさせて。権利も責任も、他の男にあげないで……俺と結婚してください」

「……はい」


唇が重なる。
今度は、深く。


「……あ、一つ条件があった」

「え……なに。何でもするよ。別居したいとか、ちょっと距離置きたいとか、そういうことじゃなければ何でも……」


途端に固くなる悠の背中に触れて、そんなこと言わないよって伝えて。


「今度、一緒に悠の服を買いに行きたい。どんなのが好きか、知りたいから」

「……いいけど……? っ……え、絢……? 」


(……その顔、狡い)


それだけのことで、そんなに嬉しそうにしてくれるなら、多少の溺愛はいいやって思ってしまう。
……多少じゃないから、溺愛なんだけど。


「やった。お試し彼氏から昇格だ」

「大分前から、とっくに昇格してたよ」


そんなの一瞬で最愛彼氏になってたんだから、私も悠のことは言えないかも。


「ありがとう。はー……もう、絢はどうしていいのか分からなくなるくらい可愛いな。……や、したいことは分かってるんだけど、比喩ね」

「……そ、そんなことに比喩表現いらない」

「そう? じゃあ、直接……」


また、キスと可愛いと好きの繰り返し――に、本日から。


「愛してる……。ね、早くいろいろ段取り決めて、結婚しよ。可愛い……」

「……襲いながら、段取り決めないで……! 」


――いろいろ、追加されそうです。






【弟・お試し彼氏になる おわり】

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