ソレが出て来る話を聞かないでください
教室を出て右手にある一番近い女子トイレへと駆け込みます。
その間に絵里は何度も振り返り『来てる来てる来てる』と呟いていました。

目は大きく見開かれて血走り、涙が滲んでいます。
それでも立ち止まらず一気に走りました。

バンッと大きな音が鳴るほど強い力でトイレのドアを開けて駆け込み、更にふたりしてひとつの個室へと逃げ込みました。

大急ぎで鍵をかけて息をひそめ、外の物音に聞き耳を立てます。

内側から鍵をかけてもまだ安心できません。
ソレが消えるまで私たちに安息は訪れませんから。

全身に汗が流れて鼓動が速くなります。

隣の絵里は今にも倒れてしまいそうな顔色で『来るな来るな来るな』と呟き続けています。

私も背後に感じた冷気がいつまでも背中に張り付いているような気がしてなりません。

それから10分間ほどトイレ内に立てこもっていると、自然と全身の力が抜けていく瞬間がありました。

背中に残っていた寒気も消えています。
鼓動はだんだんと穏やかになり、乱れていた呼吸も元通りに。

『消えたね』
私が言うと、絵里も頷きました。

それでも互いの手をキツク握りしめたまま、トイレから出ました。
廊下にはもうソレの姿はありません。

今日は終わったのです。
そうわかって2人して同時に大きなため息を吐きだしたのでした。
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