あなたが運命の番ですか?

お姫様にはなれなかった

『私は今までの人生で、本当に欲しい物は1度も手に入らなかった。私だってね、年頃の娘たちのように、華やかな着物を着て綺麗なかんざしを付けたかった。だけど、与えられたのは「小十郎」という名と刀……。君が羨ましいよ、猪三郎。地位も名誉も、愛する女さえも手に入れた君が……』

 私は腰の刀を引き抜き、それを猪三郎に向けて構える。

『だけど、彼女だけは誰にも渡さない。君を斬り捨ててでも、彼女を手に入れてみせる――』

「はい、ストップ!」
 部長の掛け声を聞いて、アタシは前園先輩に向かって構えていた模擬刀を下ろす。
「『華やかな着物を着て――』のくだりはすっごく良かったよ。でも、肝心の『彼女だけは誰にも渡さない』ってところは、あんまり感情が乗ってないように感じたかなぁ?」
 部長は台本を見ながら、眉間に皺を寄せる。
「あっ!す、すみません!」
「いやいや、大丈夫だよ。稽古が始まったばっかりなのに、台本の暗記は完璧だし、全体的な芝居は良いと思う。今の段階でこのクオリティなら、細かいところも詰めていけそうだなって思っただけだから」

 8月に入り、文化祭公演の本格的な稽古が始まった。
 今演じていたのは、クライマックスに当たる小十郎と猪三郎の決闘シーンだ。最も大事なシーンのため、部長も演技指導に気合が入っている様子である。

「前園くんは、何か気になったところある?」
 部長は、前園先輩に向かって問いかける。
 前園先輩は小首を傾げながら、「うーん」と唸る。
 
「刀を構える位置を、もう少し上にしたほうがいいかな」
「えっ?こう、ですか?」
 アタシは模擬刀を再び前園先輩に向かって構える。
「もう少し、俺の首に向かって突き立てる感じかな?」
「は、はい」
 アタシは言われた通り、刃の先を前園先輩の首元に向ける。
「あー、確かに、そっちのほうが緊迫感あっていいかも」
 部長は感心したように、うんうんと頷く。
「ありがとね、前園くん。それじゃあ、ここらでちょっと休憩しようか」
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