あなたが運命の番ですか?
アタシと前園先輩は小道具を長テーブルの上に置いて、部室の隅の固めて置いてある自分たちのバッグの中からペットボトルを取り出す。
「前園先輩って、去年も猪三郎を演じたんですよね?アタシ、あの猪三郎役の部員が前園先輩だなんて全然気づきませんでした」
「あぁ、……まあね」
前園先輩はばつが悪そうな顔をしながら、ペットボトルの水をゴクゴクと飲む。
「どうして教えてくれなかったんですか?この間、アタシが猪三郎の話をした時に……」
「いや……、なんか恥ずかしくてね」
前園先輩は少し顔を赤くしながら、ペットボトルのキャップを閉める。
「でも、すごいですね。1年生の時に、主役に抜擢されるなんて」
「それは、星宮さんだって同じじゃないか」
「いや、アタシは……。正直、アルファの女だからって理由で選ばれただけだと思います……」
――アルファ女性の小十郎を披露するなら、やっぱり星宮さんに演じてもらいたいと思ってるんだ。
アタシは、あの時の部長の言葉を思い出して苦笑いする。
「それは……、違うよ。アルファって理由で選ばれたのは、たぶん俺のほうだと思う」
前園先輩は苦い顔をして呟いた。
そう言えば、猪三郎はアルファ男性で、演劇部のアルファ男性は前園先輩だけなのか。
前園先輩は、自分がアルファ男性だからという理由だけで、猪三郎役に選ばれたと思っているようだ。
「そんなことないと思いますよ。去年の前園先輩のお芝居を観て、アタシは演劇部に入りたいって思ったんです。少なくともアタシは、前園先輩の演技に感動しました。だから、先輩が猪三郎役に選ばれたのは、先輩の実力だと思います」
アタシは思っていることを素直に伝えた。
すると、前園先輩は目を丸くさせながら、アタシを見つめる。そして、先輩は「ふふっ」と柔らかく笑った。
「ありがとう、星宮さん」
――でも、前園先輩ってすごく優しく笑うの。先輩への気持ちはよく分からないけど、先輩の笑顔はずっと眺めていたいなって思う……。
前園先輩の笑顔を見ながら、アタシは春川さんの言葉を思い出した。
なるほど。春川さんは、前園先輩のこの優しくて柔らかい笑顔に惹かれたんだな……。
そんなことを考えていると少し心が温かくなったが、それと同時に春川さんのことを思い出してぎゅうっと胸が苦しくもなった。
「でも、それを言うなら星宮さんだってそうだよ。星宮さんにはポテンシャルがある。星宮さんを主役に起用したいから、部長はわざわざアルファ女性版の小十郎の脚本をやろうって言い出したんだと思うよ」
「いやいや、そんな……。アタシなんて、まだまだですよ。さっきのシーンも、感情の乗せ方が難しくて……」
「でも、『華やかな着物を着て――』のところはすごく良かったと思うよ。部長も褒めてたし」
「あははっ、あのセリフに関しては、何となく共感できたんです。アルファ用のレディース物って、モード系が多くて、あんまり可愛い感じじゃないんですよね。ほんとは、アタシもガーリーな可愛い服が着たかったなって……」
女性らしい振る舞いをしたかったと吐露する小十郎の気持ちが、アタシには理解できた。
アタシも小学校までは花柄のワンピースを着て、童話のお姫様に憧れていた。
しかし、成長するにつれて可愛らしい服はサイズが合わなくなり、見た目もお姫様のような華奢で可愛い姿ではなく、ボーイッシュな見た目になっていった。周りも、アタシのことを「かっこいい」「王子様みたい」という表現で持て囃すようになった。
今の自分が嫌いなわけではないけれど、「可愛い女の子になりたかった」という思いは捨てきれない。
小十郎も、アタシと同じような気持ちだったのだろう。
ベータ男性版の小十郎は、猪三郎に対して対抗心が強いライバルといった印象だ。
しかし、アルファ女性版の小十郎は、男として生きなければならない自分の運命を呪い、思い通りの人生を歩めている猪三郎に嫉妬している印象が強い。
「星宮さんは筋が良いね。そんな感じで、自分の実体験を役に落とし込むと、感情を乗せやすいと思うよ。『彼女だけは誰にも渡さない』の部分も、何か実体験を当てはめて演じてみるといいんじゃないかな?星宮さんにとって、『誰にも渡したくない物』や『譲れない物』って何かある?」
前園先輩の質問に、アタシは深く考え込む。
誰にも渡したくない物……。
「うーん、何ですかね?パッと思いつかないなぁ……。前園先輩は何かありますか?」
「俺か、そうだなぁ……」
前園先輩は腕組みをして考え込む。
「……春川さん、とかですか?」
「ん゛ぶッ――!!?」
アタシの発言に、前園先輩は突然むせた。
そして、分かりやすく顔を真っ赤にしてアタシから目を逸らす。
「あれ?もしかして、図星ですか?」
「……トイレ行ってくる」
前園先輩はくるっと背を向けて、部室を出て行った。
逃げたな……。
「前園先輩って、去年も猪三郎を演じたんですよね?アタシ、あの猪三郎役の部員が前園先輩だなんて全然気づきませんでした」
「あぁ、……まあね」
前園先輩はばつが悪そうな顔をしながら、ペットボトルの水をゴクゴクと飲む。
「どうして教えてくれなかったんですか?この間、アタシが猪三郎の話をした時に……」
「いや……、なんか恥ずかしくてね」
前園先輩は少し顔を赤くしながら、ペットボトルのキャップを閉める。
「でも、すごいですね。1年生の時に、主役に抜擢されるなんて」
「それは、星宮さんだって同じじゃないか」
「いや、アタシは……。正直、アルファの女だからって理由で選ばれただけだと思います……」
――アルファ女性の小十郎を披露するなら、やっぱり星宮さんに演じてもらいたいと思ってるんだ。
アタシは、あの時の部長の言葉を思い出して苦笑いする。
「それは……、違うよ。アルファって理由で選ばれたのは、たぶん俺のほうだと思う」
前園先輩は苦い顔をして呟いた。
そう言えば、猪三郎はアルファ男性で、演劇部のアルファ男性は前園先輩だけなのか。
前園先輩は、自分がアルファ男性だからという理由だけで、猪三郎役に選ばれたと思っているようだ。
「そんなことないと思いますよ。去年の前園先輩のお芝居を観て、アタシは演劇部に入りたいって思ったんです。少なくともアタシは、前園先輩の演技に感動しました。だから、先輩が猪三郎役に選ばれたのは、先輩の実力だと思います」
アタシは思っていることを素直に伝えた。
すると、前園先輩は目を丸くさせながら、アタシを見つめる。そして、先輩は「ふふっ」と柔らかく笑った。
「ありがとう、星宮さん」
――でも、前園先輩ってすごく優しく笑うの。先輩への気持ちはよく分からないけど、先輩の笑顔はずっと眺めていたいなって思う……。
前園先輩の笑顔を見ながら、アタシは春川さんの言葉を思い出した。
なるほど。春川さんは、前園先輩のこの優しくて柔らかい笑顔に惹かれたんだな……。
そんなことを考えていると少し心が温かくなったが、それと同時に春川さんのことを思い出してぎゅうっと胸が苦しくもなった。
「でも、それを言うなら星宮さんだってそうだよ。星宮さんにはポテンシャルがある。星宮さんを主役に起用したいから、部長はわざわざアルファ女性版の小十郎の脚本をやろうって言い出したんだと思うよ」
「いやいや、そんな……。アタシなんて、まだまだですよ。さっきのシーンも、感情の乗せ方が難しくて……」
「でも、『華やかな着物を着て――』のところはすごく良かったと思うよ。部長も褒めてたし」
「あははっ、あのセリフに関しては、何となく共感できたんです。アルファ用のレディース物って、モード系が多くて、あんまり可愛い感じじゃないんですよね。ほんとは、アタシもガーリーな可愛い服が着たかったなって……」
女性らしい振る舞いをしたかったと吐露する小十郎の気持ちが、アタシには理解できた。
アタシも小学校までは花柄のワンピースを着て、童話のお姫様に憧れていた。
しかし、成長するにつれて可愛らしい服はサイズが合わなくなり、見た目もお姫様のような華奢で可愛い姿ではなく、ボーイッシュな見た目になっていった。周りも、アタシのことを「かっこいい」「王子様みたい」という表現で持て囃すようになった。
今の自分が嫌いなわけではないけれど、「可愛い女の子になりたかった」という思いは捨てきれない。
小十郎も、アタシと同じような気持ちだったのだろう。
ベータ男性版の小十郎は、猪三郎に対して対抗心が強いライバルといった印象だ。
しかし、アルファ女性版の小十郎は、男として生きなければならない自分の運命を呪い、思い通りの人生を歩めている猪三郎に嫉妬している印象が強い。
「星宮さんは筋が良いね。そんな感じで、自分の実体験を役に落とし込むと、感情を乗せやすいと思うよ。『彼女だけは誰にも渡さない』の部分も、何か実体験を当てはめて演じてみるといいんじゃないかな?星宮さんにとって、『誰にも渡したくない物』や『譲れない物』って何かある?」
前園先輩の質問に、アタシは深く考え込む。
誰にも渡したくない物……。
「うーん、何ですかね?パッと思いつかないなぁ……。前園先輩は何かありますか?」
「俺か、そうだなぁ……」
前園先輩は腕組みをして考え込む。
「……春川さん、とかですか?」
「ん゛ぶッ――!!?」
アタシの発言に、前園先輩は突然むせた。
そして、分かりやすく顔を真っ赤にしてアタシから目を逸らす。
「あれ?もしかして、図星ですか?」
「……トイレ行ってくる」
前園先輩はくるっと背を向けて、部室を出て行った。
逃げたな……。