あなたが運命の番ですか?

男と女

「橘くん、来ないねー」
 新学期初めての部活の日、私は東部長と一緒に、橘先輩のことを待っている。しかし、いくら待っても、橘先輩は部室に姿を現さない。
「先に2人で作業始めちゃおっかぁ。今日は文化祭のことを3人で話し合おうと思ってたんだけどなぁ」
「は、はい……」
 
 淡々とした様子の東部長に対して、私はモヤモヤとした気持ちになる。
 部長はいつもと変わらないな……。
 そんな東部長の姿が、私には橘先輩のことをあまり心配していないように見えた。

「あっ、あの、部長!橘先輩のことなんですけど……」
「ああ、知ってる。大変だよねぇ。しかも、相手はあの星宮真琴でしょー?うちのクラスにも、嫉妬して陰口叩いてる女の子いたわー」
 東部長はあっけらかんとした様子で語る。
「そ、それはそうなんですけど……。あの、橘先輩……、大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫じゃないでしょー」
「えっ……」
 私は予想外な返答に驚いて、東部長の顔を見る。すると、東部長は無理やり取り繕ったようなぎこちない笑みを浮かべていた。

「寿々ちゃんも知ってるかもしれないけど、橘くん、前も色々あってね。その時も、私や川田先生が心配して声掛けたりしたんだけど、『大丈夫だから』って突っぱねるばかりで……。でも、『大丈夫』って言う橘くんの顔は、すごく辛そうで……」
 そう語る東部長の顔は、徐々に笑みが解けていき、次第に悲しい表情へと変わっていく。
 
「橘くんってね、自分から不幸になりにいこうとするところがあるんだよね。自分は幸せになれるわけがないって、本気で思ってるんじゃないかな?ほんと、どうしてそんなふうに考えちゃうんだろうね……」
 東部長の表情は、どこか無力感を抱いているように見える。

「この園芸部ってさ、オメガ同士が交流して、色んな悩みを打ち明けたりできるじゃん?私も、卒業した先輩たちといろいろ話したおかげで、それまでずっと感じてた孤独や疎外感が無くなっていったの。寿々ちゃんも、入部したばかりの時よりも、私に心を開いてくれるようになったじゃない?やっぱり、悩みを分かち合える仲間がいるのって心強いと思うの」
「確かに、そうですね」
 東部長の言葉を聞いて、私は今までの出来事を振り返る。
 東部長や橘先輩に出会えて、番やヒートのことを話せて、誰かにオメガとしての悩みを相談できて、私は次第に心が軽くなった。
 同じような悩みを抱えて、それでも頑張っている人が身近にいてくれたことで、私も勇気を貰えた。

「でも、橘くんは全然心を開いてくれない。悩みとかも、何も相談してくれなくて……。たぶん、橘くんが男子だからかな?同じオメガでも男女じゃ、やっぱりどこか遠慮したり恥ずかしがっちゃうところがあるんだと思う。川田先生も、オメガの男性は数が少ないから、オメガの女性よりも孤独になって精神的に追い詰められやすい、って言ってた」
 東部長は寂しそうに話す。

 振り返ってみれば、私も東部長と橘先輩とでは、距離感に差があると思う。
 部活の時も、いつも私と東部長はお喋りをしながら花壇の手入れをして、橘先輩は1人で黙々とプランターの手入れをする。
 私が橘先輩を避けているわけではないし、橘先輩が私たちを避けているわけでもないと思う。ただ、互いにどこか遠慮しているだけだろう。
 橘先輩は、この園芸部でも孤独を感じているのだろうか。

「私は今月の文化祭で引退しちゃうから、それまでに橘くんのことを何とかしてあげたいって思ってる。でも、いくら手を差し伸べても、本人が突っぱねてる状態じゃどうしようもなくて……」
 東部長は、困ったように肩を落とした。
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