あなたが運命の番ですか?
 アタシは机に頬杖を突きながら、アタシの最後のメッセージに既読だけが付いた橘先輩とのチャット画面を眺める。
 やっぱり返信が来ない。
 
 始業式前のベータ女子たちの言葉を思い出すと、橘先輩が周りから何か嫌なことを言われているのではないかと心配になる。
「大丈夫ですか?」と送ってみようか。いや、既読スルーされている状態で追いメッセージは、流石に気持ち悪いか。
 頭の中がモヤモヤと渦を巻いて埒が明かなくなったため、「トイレで頭を冷やしてこよう」と思い、席を立つ。

 教室を出て、廊下を歩いて突き当りにある女子トイレへ入ろうとした時、出てきた人とぶつかりそうになる。
「わっ!?すみませ――」
 アタシは反射的に避け、謝ろうと顔を上げた。すると、目の前にいたのは、青山会長だった。
「あら?」
 青山会長と目が合ったアタシは、思わず「ゲッ!」と声を出しそうになる。
 今、アタシが1番会いたくなかった人――。

 アタシは急いでトイレに逃げ込もうとする。しかし――。
「何だか大変そうね」
 青山会長の棘のある言葉に、アタシは思わず足を止めてしまう。
「別に、アタシはそうでもないですよ……。アタシなんかより――」
「橘くんのほうが大変――、そう言いたいのね?」
 青山会長は被せるように言い、アタシはそれに対して何も反論できずに黙り込む。

「去年の事件も校内では大騒ぎになって、あの時も今回と同様に橘くんが白い目で見られました。ようやく騒動が落ち着いてきたと思ったら、まさか週刊誌に載るとはね。しかも、女子生徒に人気の星宮さんが相手となれば、前回よりも彼に敵意を向けている女子生徒は多いでしょうね。彼にはとんでもない疫病神でも憑いているのかしら?……まあ、ほとんど自業自得でしょうけど」
 青山会長の言葉が、グサグサとアタシの心に突き刺さる。
 どうしよう。アタシのせいで橘先輩が白い目で見られるなんて――。

「な、なんでみんな、橘先輩を悪く言うんですか?先輩を非難するなら、アタシだって――」
「それは、『オメガはアルファを誘惑する生き物』という偏見があるからです」
「は?ゆ、誘惑?」
「ええ。みんな、あなたは橘くんに誘惑されて金銭を貢がされたと思っているようです。だから、あなたは卑しいオメガに騙された哀れな被害者だと……」
「そ、そんなの根も葉もない噂です!だって、アタシは……」
「あなたがどれだけ彼を庇ったとしても、周囲はあなたの目が覚めていないだけ、と判断するでしょうね。それに、橘くんは校内での売春行為という前科があるので、そういった偏見の目で見られるのは仕方のないことだと思いますよ」

 アタシは青山会長の言葉に愕然とする。
 確かにアタシと橘先輩は、不健全な関係だった。しかし、周りが噂するような金銭の要求なんてなかった。ただ、2回ご飯を奢ったくらいだ。
 それに、アタシたちの関係が周りにバレても、非難をされるならアタシのほうだと思っていた。
 
 だけど、そうか。売春行為の件があるから、橘先輩は余計にそんな偏見の目で見られてしまうのか。
 アタシには何もできない。橘先輩を守ってあげられない。
 それどころか、アタシのせいで橘先輩は再び好奇の目に晒されることとなってしまった。アタシが関わったせいで――。
 
 もう橘先輩には関わらないほうがいいのだろうか。これ以上関わったら、さらに迷惑をかけてしまうのだろうか。
 橘先輩がアタシのメッセージを無視しているのも、もうアタシと関わりたくないから?
 橘先輩にとって、アタシはただの遊びだったから――。
 そんなことを考えていると、アタシの心はどんどん締め付けられ、次第に息苦しくなっていく。

 橘先輩にとって、アタシとの関係はただの遊びだなんて、そんなこととっくに分かりきっていたのに――。
 どうして、今更傷ついているのだろうか。
 まさか橘先輩に好かれているなんて、淡い期待を抱いていたのだろうか。
 巣作りなんて、アタシの勘違いだったんだ……。

 もう、関わるのは止めよう。

「……会長は、もしかしてアタシたちの関係を知っていたんですか?」
 アタシはずっと気になっていたことを尋ねた。
 青山会長と初めて話した時、会長は橘先輩が過去に売春行為をしていたことを暗にアタシへ伝えてきたと思う。それは、アタシと橘先輩の関係を知っているからではないかと、アタシは考えたのだ。

「1度、裏門からあなた達が出ていくのを見かけたことがあります。あと、体育祭の時に橘くんがあなたにキスをしていたのを見ましたね」
 青山会長は先ほどと同様に、淡々とした口調で語る。
 体育祭の時のキスまで見られていたのか……。

「自制心のない猿がまた1匹、橘くんに捕まったと最初は呆れていました。でも、あなたは私と同じアルファの女です。もしかすると、他の猿たちと違って、あなたには何か考えがあるのではないかと思い直しました。あなたは『自分はあのじゃじゃ馬を手懐けられる』という豪胆な精神の持ち主ではないのか。そう期待していたのですが……、私の見込み違いだったようですね」

 青山会長はそう言い残すと、その場から去っていった。
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