あなたが運命の番ですか?

あなたは酷い人じゃない

「じゃあね、寿々ちゃん。また来週」
「はい、お疲れさまでした、部長」
 部活が終わり、私は部室の前で東部長と別れた。
 そして、私は前園先輩が待つ図書室へ向かうために、ベータ棟1階の廊下を歩いて奥へと進んでいく。

 橘先輩、結局今日は部活に来なかったな……。
 私はそんなことをぼんやりと考えながらトボトボと歩き、図書室の手前にある階段の前でふと立ち止まった。そして、何気なく階段を見上げる。
 すると、1階と2階の間の踊り場に、橘先輩がいた。
 
「えっ、橘先輩!?」
 私は驚いて声を上げた。
 すると、橘先輩も私に気づき、身体をビクッと震わせ、目を大きく見開いて私を見る。
 橘先輩の顔を見た瞬間、私は言葉を失った。
 
 橘先輩は、左頬が赤紫色に腫れ上がり、鼻や口には血の塊のようなものが付いていた。
 私はすぐに、橘先輩が誰かに暴力を振るわれたのだと悟る。
「先輩!?どうしたんですか、その顔!!?」
 私が声を上げると、橘先輩は真っ青な顔をして逃げるように階段を駆け上がっていった。
「あっ!ま、待ってください!!!」
 私は反射的に橘先輩を追いかけた。

「先輩!その顔、怪我してますよね!?早く保健室へ行きましょう!川田先生に手当てしてもらった方がいいですよ!!」
 私は階段を駆け上がりながら、橘先輩に呼び掛ける。
「いいって!ほっといてよ!」
 しかし、橘先輩は私の呼び掛けを拒否した。
 私は困惑する。
 
「先輩、どうして逃げるんですか!?」
 私が大声で問いかけるが、橘先輩はこれを無視する。
「その怪我、どうしたんですか!?一体、誰にそんな酷いことをされたんですか!!?」
「君には関係ないでしょ!?ついて来ないでよ!」
 橘先輩は私の質問には答えずに、そう吐き捨てる。
 
 2階と3階の間の踊り場まで辿り着くと、体力のない私はゼェゼェと息を切らして、手すりに捕まりながらフラフラとした足取りで階段を上る。
「ま、まって、ください……」
 私は必死に、橘先輩を呼び止めようとする。
 橘先輩もスタミナが切れ始めているのか、足取りがどんどんと重くなっている姿が、かろうじて私の視界に入る。

「せ、先輩……、何で、何も答えてくれないんですか……?」
「しつこいなぁ!ほっといてって言ってるじゃん!!!」
「ほっとけないですよ!!!」
 私は階段中に響き渡るような声で叫んだ。
 
「今日、どうして部活に来てくれなかったんですか!?私も、部長も心配してたのに……」
 私は息を切らしながら、必死に言葉を紡ぐ。
 私は悲しかった。心配する私の呼び掛けを、橘先輩に全て拒絶されることが辛かった。
 分からない。私は橘先輩のことが何も分からない。東部長のことよりも、鏑木さんのことよりも、星宮さんのことよりも、前園先輩のことよりも、橘先輩のことを私は何も知らない。
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