あなたが運命の番ですか?
 私たちはそれから十数分の間、無言で椅子に並んで座っていた。
 橘先輩は私が渡したポケットティッシュで、涙と鼻や口の周りに付いている血を拭う。
「ありがとね……」
 橘先輩はしおらしい様子で、か細く呟いた。
「いえ、どういたしまして」
 私が微笑みかけると、橘先輩はいたたまれない様子で目を逸らした。

「……さっきはごめんね。頭とかぶつけてない?」
「あははっ、大丈夫ですよ。私は平気ですから」
 私は努めて気丈に振る舞った。
 その後、しばらくの間沈黙が流れる。

「……先輩。もし、悩みがあるなら、私が聞きますよ。私たち、同じ園芸部の仲間で、……同じオメガじゃないですか」
 私は勇気を振り絞って、そう伝えた。
「ふふっ、春川さんはお人好しだね。自分のことを押し倒した男なんかの悩み相談をしてくれるんだ?」
 橘先輩は困ったような笑みを浮かべながら、自虐的に呟く。

「わ、私は気にしてないですよっ。それに、橘先輩はそんな酷い人じゃ――」
「いいよ。教えてあげる」
 すると、橘先輩はどこか吹っ切れたような表情を浮かべる。
 
「厳密に言うと悩みとは違うけどさ……。僕が何でこんなふうになっちゃったのか、君にだけ特別に教えてあげる。君のお人好しさに免じてね。あとは……、さっき乱暴なことをしちゃったお詫び」

 そして、橘先輩は自身の中等部時代のことを語り始めた。
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