あなたが運命の番ですか?
 僕はその日から、佐伯と仲良くなった。
 佐伯はとても気さくな明るい男で、僕とは好きなゲームや漫画の話で気が合った。
 休み時間になると佐伯は僕に話しかけてきて、放課後や休日になると一緒にゲームで遊んだり、漫画を貸してもらったりした。
 僕にとって、初めて出来た友達だ。
 佐伯は、僕に対してオメガではなく、1人の友人として接してくれた。
 佐伯と過ごす時間は僕にとって何もかもが初めてで、佐伯と一緒にいると僕の心はポカポカと温かくなって浮足立った。

「佐伯って、橘のこと狙ってんのかな?」
「いや、もうデキてきてるんじゃね?」
 
 僕たちが一緒にいることで、周囲はあることないことを噂するようになった。
 しかし、佐伯はそんな陰口を気にするそぶりは一切見せない。佐伯が気にしないから、僕も気にしないでいられた。

「こいつ、俺の小学校の時からの親友の前園」
 ある日、佐伯から前園くんを紹介された。
 前園くんとは1年生の時から違うクラスだったため、言葉を交わすのはその日が初めてだった。
 ちなみに、水瀬も2人と同じ小学校出身で、水瀬は5年生の時に転校してきたそうだ。そして、佐伯の父親と水瀬の父親は、大学時代からの友人らしい。

「今週末さぁ、橘くんちに集まって3人でゲームしない?」
 佐伯がそう提案すると、前園くんは「えっ」と言って顔を強張らせる。
「どうしたんだよ、前園」
 佐伯は前園くんの反応に対して、不思議そうな顔をする。
 
「いや、それ、大丈夫なの?アルファ2人に、オメガ1人が密室にいるのって良くないんじゃ……」
 前園くんは奥歯に物が挟まったような言い方をする。
 すると、佐伯は「あははっ」と豪快に笑った。
「前園、お前、気にし過ぎだって」
 佐伯は前園くんの肩をバシッと叩いて、茶化すように笑い飛ばす。しかし、前園くんはまだ何か言いたげな表情を浮かべていた。
 その時の僕は、前園くんの言葉の意味をよく理解していなかった。

 僕は、前園くんのことが苦手だった。
 前園くんとは、佐伯を交えてよく一緒に遊んでいたが、正直「友達の友達」というような関係で、2人きりで話したりはしない。
 前園くんは佐伯と違って、どこか僕に対して距離を取って接してくる。前園くんと佐伯はアルファで、僕はオメガ――。だから、前園くんは僕に対して、必要以上に気を遣ったり、遠慮しているようだった。
 そんな前園くんの態度が、僕には差別的に見えて、居心地が悪かったのだ。

 結局、週末は僕の家に3人で集まり、テレビゲームで遊んだ。
 僕はコントローラーを握りしめながら、テレビ画面を見つめる。
 すると、突然佐伯は僕の頬に触れてきた。
 僕は驚いて、目をぱちくりさせながら佐伯の顔を見た。

「橘くんって、女の子みたいで可愛い顔してるよね」
 僕の顔をジッと見つめながら、そんなことを呟いた。
 その瞬間、僕の胸はドキッと高鳴った。

「おいっ!」
 すると、前園くんは慌てて、僕の頬に触れている佐伯の手を掴んで引っ込めさせた。
「あんまり人の顔をベタベタ触るなよ……。橘くん、困ってるだろ」
「ああ、ごめん、つい……。ごめんね、橘くん」
 佐伯は、自分の顔の前で手を合わせながら謝ってきた。
「あっ……、ううん、大丈夫。気にしてないから……」
 僕は自分の胸を押さえながら、そう返した。

 その後、僕の心臓はずっとバクバクと鼓動していた。
 2人が帰った後も、あの時の佐伯の顔が、言葉が、僕の頭から離れなかった。
 可愛い?僕が?

 その日以来、僕は佐伯に会うと心臓がうるさいくらい鼓動し、顔が熱くなり、まともに佐伯の顔が見られなくなった。
 佐伯がいない時でも、僕はずっと佐伯のことを考えてしまい、「早く会いたい」と思うようになる。
 この感情が「恋」だと気づくのに、そう時間は掛からなかった。
 僕にとって、初めての恋だった。

 僕は、自分が佐伯に恋していると分かると、より一層佐伯のことを考えるようになった。
 佐伯と一緒にいる時、彼の身体のあらゆるところに目を向けてしまう。
 顔はもちろん、大きな手や逞しい筋肉質な四肢、厚い胸板――。僕と同じ男であるはずなのに、僕とは全く違うアルファの身体。それらが全て、僕を魅了した。
 
 もしも、佐伯と恋人同士になれたら、デートやキスをするのだろうか。いや、それ以上のことだって――。
 僕はオメガで、佐伯はアルファだ。僕たちは番になれる。番になるためには、セックスをしてアルファがオメガのうなじを噛まなければいけない。
 僕は、佐伯とセックスがしたい。番になりたい――。

 ――橘くんって、女の子みたいで可愛い顔してるよね。

 佐伯は、僕のことを「可愛い」と言ってくれた。
 もしかすると、佐伯も僕のことを――。

 2年生の夏休み、その日は前園くんがおらず、佐伯と2人で僕の家にいた。
 告白するなら今しかないと思った。

「ねっ、ねぇ、佐伯くん」
「ん?どうしたの?」
 僕は、キョトンとした顔をする佐伯と向き合う。
 どうしよう、緊張する……。
「えっと……、あの……、その……」
 僕は佐伯の顔が見られず、顔を伏せながらまごまごする。
「何?何?どうしたの?」
 佐伯は明るい調子の声で、そう尋ねてくる。
 僕は爆発しそうなくらい鼓動する心臓を落ち着かせるため、ゆっくりと深呼吸する。そして、顔を上げて佐伯の目を真っ直ぐ見つめた。

「僕、佐伯くんのことが好きなんだ。だから、僕と付き合ってほしい」

 僕は意を決して、思いの丈を佐伯にぶつけた。告白した瞬間、僕は清々しい気持ちになった。しかし――。

「――はっ?えっ?冗談だよね?」

 佐伯は、顔を引き攣らせながらそう言ってきた。
 そんな佐伯の顔を見た瞬間、僕は頭が真っ白になった。

「た、橘くん……、今の本気で言ってる?えっ……、俺たち、()()()じゃん」
 佐伯は真っ青な顔で声を震わせる。
 さらに、佐伯の顔はどんどん青ざめていき、徐々に身を引いて僕から距離を取るような動きを見せた。
 僕は予想だにしなかった佐伯の反応に、全身の血がサーッと引いていった。

「友達だと思ってたのに……」

 佐伯は、まるで「怪物」でも見るかのような目を僕に向けながら、失望したかのような口調でそう言い放った。
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