あなたが運命の番ですか?
「バニラとストロベリー、どっちがいい?」
「えっと……、じゃあ、ストロベリー」
 差し出されたカップのアイスクリーム2つのうち、ストロベリー味のほうを私が指差すと、前園先輩は「どうぞ」と渡してくれた。

 コンビニのイートインスペースに、私たちは並んで座り、前園先輩に買ってもらったアイスクリームを食べ始める。
 前園先輩はコンビニに入る前、前園社長に電話を掛け、私が見つかったことと、私が落ち着くまでの間2人で話すことを伝えてくれた。
 
「亜紀母さんも、君のご両親と少し話すってさ。帰る頃には、君のお母さんも落ち着いてると思うよ」
「そ、そっか……」
 前園社長は、菊次郎前社長が強いた過重労働によって心身を病んでしまった社員の社会復帰のサポートなどをしており、その際うちのお父さんもお世話になったらしい。そういった過去があるため、お母さんも前園社長を信頼している。前園社長の話なら、お母さんも聞く耳を持ってくれるだろう。
 
「ごめんなさい、色々と迷惑を掛けちゃって……」
「ううん、俺のことは気にしなくていいよ。でも……、心配した」
 前園先輩は諭しつつも、はっきりと「心配した」と言った。その言葉に、私の胸はチクッと痛んだ。
「何があったの?」
 前園先輩にそう問われた私は、先ほどのお母さんとの出来事と、橘先輩から中等部時代の話を聞いたことを伝えた。

「……そうか。橘くんから聞いたのか……。今日一緒に下校してる時の春川さん、何だか難しい顔をしてたから何かあったのかなって思ってたけど、そうか……」
 前園先輩は苦い顔をしながら、深く考え込む。
 
「俺は、佐伯からも、橘くんからも詳しい話は聞いてないけど、2人の間に何があったのかは何となく察してる。佐伯は、何て言うのかな……。『差別はしないけど、区別もしない』――、そんな奴。決して悪い奴ではないんだけど、たまにデリカシーのない行動を取るんだ。橘くんに対してもスキンシップが過剰だったりして……。俺が注意しても、言ってる意味を理解できていないみたいだったから、分かりやすいように『お前は女子のことをベタベタ触るのか?』って言ったんだ。そしたら、あいつ『何言ってるんだ?橘くんは男だぞ』って返したんだよ」
 前園先輩は呆れたように笑う。
 やはり橘先輩の言うように、佐伯先輩は橘先輩のことを「同性の友達」としか見ていなかったようだ。
 
「俺がもう少し、佐伯を注意できていたら、こんなことにはならなかったのかもね」
 そう語る前園先輩の顔には、「後悔」の二文字が滲み出ている。
「そんな……、前園先輩は何も悪くないよ……」
「ふふっ、ありがとね。でも、この件に関しては、いくらかは俺にも責任があるって、どうしても思ってしまうんだ」
 前園先輩は少し目を細めて、悲しそうに微笑む。

「俺も、橘くんのことは何とかしてあげたいって思ってる。でも、俺が何を言っても、きっと彼は聞く耳を持ってくれない。俺がどれだけ励ましたとしても、橘くんにとっては気休めにもならないと思う。だって、俺が直接橘くんに何かをしてあげられるわけじゃないから……」
「難しいね」と前園先輩は苦笑いする。
 
「……星宮さんの言葉なら、橘先輩にも届くと思う」
 私の言葉に、前園先輩は目を丸くさせる。
 
「橘先輩は、星宮さんのことが好きなんだと思う。でも、自分と星宮さんは住む世界が違うって……、自分と一緒に居たら、星宮さんまで白い目で見られちゃうって言って……。星宮さんだって、好意を持っていない相手とそんな関係になるような人じゃないはず。私の推測が当たってるなら、本当に星宮さんが橘先輩のことを好きなら――、ちゃんとそれを橘先輩に伝えられれば、先輩もきっと自分の気持ちに素直になれると思うの。私は、星宮さんの気持ちを知りたい。でも、私が直接星宮さんに聞くわけにもいかなくて……」

 私の話をジッと黙って聞いていた前園先輩は、「うーん」と唸りながら考え込む。
「明日、部活の時に俺から声を掛けてみるよ」
「えっ!?本当!!?」
「うん。星宮さん、今回の件があってから稽古に身が入ってないみたいだし。春川さんの推測、たぶん当たってると思うよ。俺じゃあ、少し背中を押すことくらいしかできないだろうけれど、何もしないよりはきっとマシだと思う」
 前園先輩の言葉に、私はモヤモヤとしていた気持ちがパァッと晴れていった。
「ありがとう!前園先輩!」
 私が感謝を述べると、前園先輩は照れ臭そうに笑った。

 すると突然、前園先輩はチラッとレジのほうを見て、「そろそろ出ようか」と小声で呟く。
「長居してると補導されるかも」
 前園先輩の言葉を聞いて、私もレジのほうに目を向ける。
 すると、そこには先ほど会計の時にいた大学生くらいの気だるげな男性ではなく、小太りの中年男性がいた。その中年男性は、私たちのことを怪訝な表情で見ている。
 私たちは空になったアイスのカップを捨てると、さっさと店を後にした。
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