あなたが運命の番ですか?
「星宮さん、ちょっといいかな?」
 部室の隅で項垂(うなだ)れていると、先ほどの稽古を見守っていた前園先輩が話しかけてきた。
 いつもは猫背の前園先輩が、今日は真っ直ぐ背筋を伸ばしている。
「は、はいっ!」
 アタシは前園先輩と向き合って、身構える。

「星宮さん、最近稽古に身が入ってないよね?」
「あっ……」
 予想していた通りの言葉を投げられて、アタシは思わず肩をすぼめる。
「原因は週刊誌のこと?」
 前園先輩の質問に、アタシは押し黙ってしまう。
 
「部長も、他のみんなも星宮さんに気を遣って言わないだけで、事情は知ってる。だけど、だからってそれに甘えてばかりじゃダメだよ。君だって主役なんだから、君がちゃんと稽古に集中しないと、俺や他の部員たちが困るんだ」
 前園先輩はいつもより厳しい口調で、そう指摘する。
「す、すみません……。次からはちゃんとします……」
 アタシは頭を下げた。

 前園先輩の言う通りだ。
 アタシも主役の1人なんだから、しっかりしなきゃ……。これ以上、みんなに迷惑を掛けるわけにいかない。

「……星宮さんは、橘くんのことが好きなの?」
「えっ……」
 突然の質問に、アタシは絶句する。
「それとも、星宮さんは好きでもない男子の家に行ったりするような人なの?」
 前園先輩は、畳み掛けるように聞く。
 
 アタシは、橘先輩のことが好きなのだろうか。
 橘先輩のことが好きだから、先輩とああいう行為をしていたのか。
 それとも、相手がオメガだから、好意がなくてもああいう関係になってしまうほど、アタシは節操のない人間なのだろうか。
 
「よく分かりません……」
 アタシがそう答えると、前園先輩は眉間に皺を寄せた。
「アタシの気持ちはよく分かりませんけど……、橘先輩にこれ以上関わってはいけないってことは分かります」
「……どうして、そう思うの?」
「アタシって、良くも悪くも目立つので……。アタシと一緒にいることで橘先輩が悪目立ちするのなら、もう関わらないほうが良いと思うんです……。アタシは、橘先輩に迷惑を掛けたくありません」
 アタシの言葉に、前園先輩は呆れたようにため息を吐く。
 
「……それじゃあ、君は橘くんが他の人と番になっても構わないって言うの?」
 前園先輩の言葉に、アタシは胸がチクッとなった。
 橘先輩が、アタシ以外のアルファと番になる……。
 
「橘先輩がそれで幸せになれるのなら、アタシは別に――」
「嘘だよ」
 前園先輩は、食い気味に言い放つ。
 
「そんなの嘘。全部、君のカッコつけでしょ?」
「先輩……?」
「俺には分かるよ。好きな人に対して、カッコつけたいっていう気持ち……」
 カッコつけ――、その言葉がアタシの胸に深く突き刺さる。

「俺も寿々ちゃ――春川さんが望むのなら、婚約を破棄して身を引くつもりだよ。彼女に、みっともなく縋り付く姿なんて見られたくないからね。だけど、内心ははらわたが煮えくり返りそうになると思う。春川さんが俺以外のアルファと番になるのを想像するだけで、俺は虫唾が走りそうになる」
 前園先輩は苦悶の表情を浮かべながら、そう言い放った。

「星宮さんが橘くんと番にならないなら、()()橘くんを番にしようかな?」
 
 ……え?前園先輩、今何て言った……?
「――はぁっ!!?」
 アタシはようやく前園先輩の言葉を飲み込むと、驚愕して素っとん狂な声を上げる。
 前園先輩が、橘先輩を番に?
 
「はっ!?えっ!!?……そ、それって本気ですか?」
 アタシは恐る恐る確かめる。
「……結構本気だけど」
 前園先輩は一瞬チラッと斜め上に視線を向けた後、真っ直ぐアタシの目を見て答える。
 
「えっ……、は、春川さんはどうするんですか?」
「もちろん、春川さんとも番になるよ。アルファは複数人と番になれるって、星宮さんだって知ってるでしょ?」
「そ、それはもちろん知ってますけど……。でも、どうして急に?」
 アタシがそう尋ねると、前園先輩は腕組みをして少しの間考える。
 
「橘くんと俺は、同学年のオメガとアルファで、中等部の頃から一緒だったんだよ?今まで何もなかったわけがないでしょ」
 アタシの胸に、前園先輩の言葉が深く突き刺さる。
 
 アタシには、前園先輩が暗に何を伝えたいのかが理解できた。
 しかし、かなり意外だ。アタシはてっきり、前園先輩はそういうことに潔癖な人だと思っていた。
 橘先輩は、前園先輩ともそういう関係だったのか……。
 何だろう。すごくモヤモヤする。

「俺は橘くんのことを結構気に入っているんだ。それに、春川さんも橘くんと仲が良いし、彼のことを気にかけている。どこぞの馬の骨とも知れない傍若無人なアルファと橘くんが番になるくらいなら、俺と番になったほうが良いって、春川さんも分かってくれるはずだよ。うちの両親だって、アルファの後継ぎを作ってほしいみたいだから、子供を産んでくれる番は1人より2人のほうが好都合だろうし……」
 いつもは物腰柔らかな前園先輩が、いつになく高圧的な態度を見せる。
 そして、前園先輩は1歩進んでグッとアタシに近づくと、アタシのことを冷ややかな目で見下ろす。

「俺は、2人のことを幸せにできるっていう自信がある。でも、星宮さんは橘くん1人すら幸せにする自信がないんだね」
 挑発するように吐き捨てる前園先輩に、アタシは頭に血が上りそうになる。だけど、何も言い返せない。
 
 確かに、前園先輩は大企業の社長の跡取りであり、そんな先輩と番になれば裕福な暮らしが手に入る。それはきっとオメガにとって、この上ない幸せだろう。それは橘先輩にとっても変わらない。だけど――。

「俺は文化祭が終わったら、橘くんに告白しようと思ってるから」
 前園先輩はそう言い残して、アタシの元から去っていった。
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