あなたが運命の番ですか?
 場面は変わり、2人は知人に連れられて、人気の看板娘がいると噂の茶屋を訪れる。
 客の男たちが熱い視線を向ける先にいたのは、美しい看板娘・此花だ。
 此花の姿を近くで拝みたいがために、周りの男たちは茶や団子を次々に注文する。その熱烈な様子を見た猪三郎と小十郎は、呆気に取られる。
 そして、猪三郎たちの元にも、給仕のために此花がやって来た。
 
 此花を間近で見た2人は、一瞬で心を奪われた。
 それは、此花も同様。しかし、此花が心を奪われたのは、猪三郎ただ1人だ。
 猪三郎と此花は言葉を交わすよりも先に、恋に落ちたのだった。
 運命の相手と見つめ合う2人のすぐそばで、小十郎は瞬時に何かを感じ取り、顔を歪ませる。


 
 次の場面では、猪三郎と小十郎がそれぞれ1人で此花の元を訪れるシーンが、交互に展開される。
 猪三郎と此花は、ぎこちなく、そしてゆっくりと互いに心を通わせていく。
 その一方で、小十郎と此花も仲良くなるのだが、猪三郎の時ほど親密になる様子はない。

『小十郎様は、とても美しいお顔をされていますね。女形の役者たち――、いえ、本物の女たちも羨むほど……』
『……私は、生まれた時は女だったんだよ』
 小十郎は自分の生い立ちを、此花に打ち明けた。それを聞いた此花は、呆気に取られる。
 
『この話は、誰にもするつもりはなかったのだけれど……。君には知っていてほしかったんだ、私のことを……』
『そ、そうですか……』
 突然小十郎から生い立ちを打ち明けられたことによって、此花は彼からの愛の重さに戸惑う。

 それ以降の場面から、小十郎の愛は徐々に押しつけがましくなり、此花は徐々に小十郎から距離を取るようになる。
 しかし、此花は決して小十郎を嫌っているわけではない。出会った頃の礼儀正しく穏やかな小十郎を好意的に思っており、あの頃のように戻ってほしいと此花は願っている。だけど、その願いが届くことはない。
 
 そして、小十郎の此花への愛は、次第に猪三郎への憎しみへと変わっていく。
 小十郎は猪三郎に対して、敵意を剥き出しにした態度を取るようになる。そんな小十郎に対して、猪三郎は戸惑いながらも、関係を修復しようと歩み寄る。
 
『君と一緒にいると、自分の器の小ささを突きつけられてるような気分になるよ』
 小十郎は飽き飽きした様子で、猪三郎に吐き捨てる。
 その言葉は、猪三郎への厭味というよりも、自虐の意味合いのほうが強いように私は感じた。
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