あなたが運命の番ですか?
演劇部員以外の生徒が退場した後、裏方部員たちは舞台セットの片づけを始め、役者部員たちは着替えのために更衣室へ向かう。
「前園先輩!」
更衣室へ向かう道中、アタシは前園先輩を呼び止める。
前園先輩は「ん?」と言いながら、足を止めて振り向き、アタシを見つめた。
衣装とカツラを身に着けたまま、私物の眼鏡を掛けている前園先輩。いつものように猫背で穏やかな顔をしている先輩の姿を見ながら、アタシは改めて「舞台の上とは別人だな」と考える。
「あっ、あの……、お疲れ様でした」
アタシは改めて労いの言葉を掛けた。
「ああ、お疲れ様。とても良い演技だったね。稽古を始めた頃から星宮さんは演技が上手かったけど、今日はその頃と比べ物にならないくらい完璧な小十郎になれていたと思うよ」
「えっ!?あ、ありがとうございます……」
思いがけない前園先輩の誉め言葉に、アタシは思わず面食らう。橘先輩のことがあるから、もっと険悪な反応をされるかと思った。
「えっと……、部活のこととは関係ないんですが、先輩に言っておきたいことがあるんです」
アタシは気を取り直して、本題に入ろうとする。それに対して、前園先輩はキョトンとした顔をする。
「アタシは……、橘先輩のことが好きです」
アタシは前園先輩に向かって、ハッキリとそう告げた。すると、前園先輩は驚いたように目を丸くさせる。
「前園先輩に橘先輩を番にするって言われて……、アタシはそれがすごく嫌でした。橘先輩が、アタシ以外のアルファと番になるなんて、そんなの嫌だと思ったんです。それで、アタシはようやく気づきました。アタシは橘先輩のことが好きだって、先輩を番にしたいって……」
アタシの言葉に、前園先輩は呆気に取られた様子で固まる。
「前園先輩は、アタシにとって尊敬する先輩です。でも、そんな前園先輩にも、橘先輩は渡せません。前園先輩が橘先輩に告白するって言うなら、アタシだってします!」
アタシは前園先輩の目を真っ直ぐ見つめながら、気持ちを全てぶつけた。
興奮しているのか、体温がどんどん上がっていくのが自分でも分かる。
「だから、その……、これは所謂『果たし状』です!アタシと前園先輩が橘先輩に告白して、どちらと番になるのかを橘先輩に決めてもらうっていう――」
「あっ、そのことなんだけど」
すると突然、前園先輩はアタシの言葉を遮った。
「ごめん。俺、星宮さんに謝らなきゃいけない……」
前園先輩は、申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「えっ?」
アタシは突然話の腰を折られたことによって、身体の熱が急激に下がっていき、頭には「?」だけが残った。
「実は、俺が橘くんを番にしようとしてるって話――。あれ、嘘なんだ」
前園先輩はアタシの目を見て、真剣な顔つきで言い放った。
アタシは頭が真っ白になり、その言葉を飲み込むのに10秒以上掛かった。
「えっ……、ええええええええええええええええええええええ!!!!!!!????」
アタシは驚愕の声を上げる。
「はっ!?えっ!?嘘ぉ!!?」
「騙すつもりはなかったんだけど、こうでもしないと星宮さんは素直になれないような気がして……。でも、嘘を吐いてしまったことは、ちゃんと謝らなきゃダメだから……。本当にごめん」
前園先輩は、深々と頭を下げて謝罪する。
「えぇっ!?そ、そんな……、謝らなくても大丈夫ですよ」
アタシは前園先輩の謝罪を飲み込むより先に、反射でそう返してしまった。
前園先輩は頭を上げると、「橘くんと疚しい関係があったとかも嘘だから、安心して」と慌てて付け加える。
「……す、すみません。もう少し詳しく説明してもらっても良いですか……?ちょっと、頭が混乱してしまって……」
あまりの衝撃に状況がよく飲み込めていないアタシは、正直にそうお願いした。
すると、前園先輩はアタシを焚きつけるために一芝居売ったと説明した。そして、春川さんもその協力者らしい。
「な、なるほど……」
アタシは、意外な前園先輩の大胆さと用意周到さに、恐れおののく。
確かに、あの時の前園先輩はかなり高圧的な印象を受けたが、あれは演技だったのか。
今思えば、普段の前園先輩とイメージが違うように感じたが、実はあれが素なのかと思ってしまった。それは、前園先輩の演技力の賜物なのか、アタシの潜在的なアルファへの偏見なのか……。
橘先輩の件を尋ねた時の春川さんの反応も嘘だったならば、彼女もなかなかの役者かもしれない。
「流石ですね、先輩……。アタシ、すっかり騙されちゃいました。全然演技だなんて気づきませんでしたよ」
「ふふっ、アドリブは苦手なんだけどね。君のおかげで少し上達したかな?」
「ははっ、上手いこと言いますねぇ」
アタシは前園先輩に感服し、おどけたように笑う。
「星宮さん、さっき言ったよね?『橘先輩のことが好きだ』って……」
「そう、ですね……」
「それ、ちゃんと橘くんに言ってあげて」
前園先輩は、アタシに言い聞かせる。
「俺は嘘を吐いたけど、星宮さんのさっきの言葉に嘘偽りはなかったでしょ?」
「……はい、そうです」
アタシはハッキリと肯定する。
アタシはまんまと前園先輩の思惑に乗せられ、橘先輩への気持ちを自覚できた。
前園先輩はアタシの目をジッと見つめ、安堵したような笑みを浮かべる。
「それなら、もう心配はいらないね」
前園先輩の暖かな言葉と表情に、アタシの心は勇気づけられた。
「前園先輩!」
更衣室へ向かう道中、アタシは前園先輩を呼び止める。
前園先輩は「ん?」と言いながら、足を止めて振り向き、アタシを見つめた。
衣装とカツラを身に着けたまま、私物の眼鏡を掛けている前園先輩。いつものように猫背で穏やかな顔をしている先輩の姿を見ながら、アタシは改めて「舞台の上とは別人だな」と考える。
「あっ、あの……、お疲れ様でした」
アタシは改めて労いの言葉を掛けた。
「ああ、お疲れ様。とても良い演技だったね。稽古を始めた頃から星宮さんは演技が上手かったけど、今日はその頃と比べ物にならないくらい完璧な小十郎になれていたと思うよ」
「えっ!?あ、ありがとうございます……」
思いがけない前園先輩の誉め言葉に、アタシは思わず面食らう。橘先輩のことがあるから、もっと険悪な反応をされるかと思った。
「えっと……、部活のこととは関係ないんですが、先輩に言っておきたいことがあるんです」
アタシは気を取り直して、本題に入ろうとする。それに対して、前園先輩はキョトンとした顔をする。
「アタシは……、橘先輩のことが好きです」
アタシは前園先輩に向かって、ハッキリとそう告げた。すると、前園先輩は驚いたように目を丸くさせる。
「前園先輩に橘先輩を番にするって言われて……、アタシはそれがすごく嫌でした。橘先輩が、アタシ以外のアルファと番になるなんて、そんなの嫌だと思ったんです。それで、アタシはようやく気づきました。アタシは橘先輩のことが好きだって、先輩を番にしたいって……」
アタシの言葉に、前園先輩は呆気に取られた様子で固まる。
「前園先輩は、アタシにとって尊敬する先輩です。でも、そんな前園先輩にも、橘先輩は渡せません。前園先輩が橘先輩に告白するって言うなら、アタシだってします!」
アタシは前園先輩の目を真っ直ぐ見つめながら、気持ちを全てぶつけた。
興奮しているのか、体温がどんどん上がっていくのが自分でも分かる。
「だから、その……、これは所謂『果たし状』です!アタシと前園先輩が橘先輩に告白して、どちらと番になるのかを橘先輩に決めてもらうっていう――」
「あっ、そのことなんだけど」
すると突然、前園先輩はアタシの言葉を遮った。
「ごめん。俺、星宮さんに謝らなきゃいけない……」
前園先輩は、申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「えっ?」
アタシは突然話の腰を折られたことによって、身体の熱が急激に下がっていき、頭には「?」だけが残った。
「実は、俺が橘くんを番にしようとしてるって話――。あれ、嘘なんだ」
前園先輩はアタシの目を見て、真剣な顔つきで言い放った。
アタシは頭が真っ白になり、その言葉を飲み込むのに10秒以上掛かった。
「えっ……、ええええええええええええええええええええええ!!!!!!!????」
アタシは驚愕の声を上げる。
「はっ!?えっ!?嘘ぉ!!?」
「騙すつもりはなかったんだけど、こうでもしないと星宮さんは素直になれないような気がして……。でも、嘘を吐いてしまったことは、ちゃんと謝らなきゃダメだから……。本当にごめん」
前園先輩は、深々と頭を下げて謝罪する。
「えぇっ!?そ、そんな……、謝らなくても大丈夫ですよ」
アタシは前園先輩の謝罪を飲み込むより先に、反射でそう返してしまった。
前園先輩は頭を上げると、「橘くんと疚しい関係があったとかも嘘だから、安心して」と慌てて付け加える。
「……す、すみません。もう少し詳しく説明してもらっても良いですか……?ちょっと、頭が混乱してしまって……」
あまりの衝撃に状況がよく飲み込めていないアタシは、正直にそうお願いした。
すると、前園先輩はアタシを焚きつけるために一芝居売ったと説明した。そして、春川さんもその協力者らしい。
「な、なるほど……」
アタシは、意外な前園先輩の大胆さと用意周到さに、恐れおののく。
確かに、あの時の前園先輩はかなり高圧的な印象を受けたが、あれは演技だったのか。
今思えば、普段の前園先輩とイメージが違うように感じたが、実はあれが素なのかと思ってしまった。それは、前園先輩の演技力の賜物なのか、アタシの潜在的なアルファへの偏見なのか……。
橘先輩の件を尋ねた時の春川さんの反応も嘘だったならば、彼女もなかなかの役者かもしれない。
「流石ですね、先輩……。アタシ、すっかり騙されちゃいました。全然演技だなんて気づきませんでしたよ」
「ふふっ、アドリブは苦手なんだけどね。君のおかげで少し上達したかな?」
「ははっ、上手いこと言いますねぇ」
アタシは前園先輩に感服し、おどけたように笑う。
「星宮さん、さっき言ったよね?『橘先輩のことが好きだ』って……」
「そう、ですね……」
「それ、ちゃんと橘くんに言ってあげて」
前園先輩は、アタシに言い聞かせる。
「俺は嘘を吐いたけど、星宮さんのさっきの言葉に嘘偽りはなかったでしょ?」
「……はい、そうです」
アタシはハッキリと肯定する。
アタシはまんまと前園先輩の思惑に乗せられ、橘先輩への気持ちを自覚できた。
前園先輩はアタシの目をジッと見つめ、安堵したような笑みを浮かべる。
「それなら、もう心配はいらないね」
前園先輩の暖かな言葉と表情に、アタシの心は勇気づけられた。