あなたが運命の番ですか?
「……寿々ちゃん、どうかしたの?」
 花壇の草むしりをしながら考え込んでいると、東部長が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「今日、いつもより暗い顔してるなって思って。……何か悩み事?私で良かったら、相談に乗るよ」
「えっ!?いや、そんな……」
 私は咄嗟に否定する。
「寿々ちゃん、この園芸部はね、もちろん植物を育てたりするのが1番の活動目的だけど、オメガの生徒が孤立しないようにオメガ同士で悩み相談をしたり、情報交換をしたりする目的もあるの。アルファやベータに対して言いづらいことでも、オメガ同士だったら言いやすかったり、共感し合えたりするもんなんだよ?話すだけでも気持ちが楽になったりするし……。本当に話したくないことだったら、無理にとは言わないけどね」
 東部長は優しく私を諭す。

 東部長になら、話してもいいかな?

「実は――」
 私は意を決してお見合いの話と、出会ったその日に婚約してしまったことを東部長に打ち明けた。
「あらら、それはまた急な話だね」
 東部長は眉を八の字にし、哀れむような表情をする。
「確かに不安だよねー。相手がDVとかモラハラするタイプだったら最悪だもんね。オメガにとって、番選びは人生を左右するし……」
「そっ、そうなんですよねぇ……」
 東部長の口から飛び出した「DV」や「モラハラ」という単語が、私の胸に深く突き刺さる。

「そうだなぁ。とりあえず、高校卒業するまでの間に何回かデートしてみて、『あっ、こいつヤバそうだな』って思ったら、親に頼んで婚約破棄してもらうのが1番かな?」
「婚約破棄なんて、そんなすんなり出来ますかね?」
「どうかなぁ?少なくとも、寿々ちゃんのことを大事にしてる親なら、寿々ちゃんが『嫌だ』って言えば、婚約破棄できるように頑張ってくれると思うよ?」
 
 私のことを、大事に……。
 お母さんは、私が「婚約破棄したい」と言えば許してくれるのだろうか。

「その婚約者って、学生?」
「はい。宝月の2年生で、前園っていう人なんですけど――」
「前園って、前園優一郎?」
 すると突然、私たちの会話に、橘先輩が割って入ってきた。
 橘先輩は、先ほどまで正面玄関付近のプランターの手入れをしていたはずだ。それなのに、いつの間にか私のすぐそばまでやって来て、しゃがんだ私たちを見下ろしている。
「あっ!橘くん、盗み聞きなんて悪趣味ぃ」
 そう言って東部長はむくれる。
「『プランター終わりました』って報告しに来たんですよ」
 橘先輩は呆れたように言う。

「橘くん、その人と知り合いなの?」
「まあ、……僕も前園くんも()()()に通ってたんで」
「そっかぁ、橘くん、()()()()()()()()だもんね」

 宝月学園は中高一貫校で、高等部から徒歩10分くらい歩いたところに中等部の校舎がある。
 高等部の学生の半分は内部生で、もう半分は外部生だ。

「どんな感じの人なの?」
 東部長がそう尋ねると、橘先輩はしゃがみ込み、腕組みをして小首を傾げながら「うーん」と考え込む。

「……『弱者のフリをする偽善者』ですかね?」
 橘先輩は冷たく吐き捨てる。

 弱者のフリをする、偽善者?
 私は、橘先輩の言葉の意味が理解できない。それは、東部長も同じだったようで「なにそれ、どういう意味?」と聞く。
「僕は嫌いだったってことですよ」
 橘先輩は何か濁したような言い方をする。
 
 橘先輩と前園先輩、中等部の頃に何かあったのかな?
 確証はないけれど、「ただの同級生」ではない気がする。

「まあでも、大企業の社長の息子で金持ちだから、番相手には良いと思いますよ。オメガは玉の輿に乗れた奴が『勝ち組』ってよく言うでしょ」
「性格悪いこと言うねぇ、橘くん」
「はぁ?部長だって、金目当てで熊谷(くまたに)先輩と婚約してるでしょ」
()()違いますぅ」
 東部長は口を尖らせる。

「部長も婚約者がいるんですか?」
 私は思わず尋ねてしまう。
「そうそう。熊谷幸彦(さちひこ)――。熊谷財閥の御曹司で、生徒会副会長で、柔道の全国大会で優勝経験のある3年生。部長から猛アタックしてオトしたらしいよ。部長が1番玉の輿に乗る気満々じゃないですか」
 橘先輩はニヤニヤといたずらっ子みたいな顔をする。
「確かに初めはお金目当てだったけど、今はちゃんと『さっちゃん』のことが好きだもん」
 東部長はムスッとした表情で反論する。
 初めはお金目当てだったんだ……。
 
 御曹司、生徒会副会長、柔道の全国大会で優勝……。肩書きを聞いただけで、相手がとんでもない人だということが分かる。
 そうか。東部長にも婚約者がいるのか。
 成人間近のオメガなら、婚約者がいて当たり前なのだろうか。
 じゃあ、橘先輩も……?

「じゃあ、この間話してた水瀬先輩って、橘先輩の婚約者なんですか?」
 私がそう尋ねた途端、橘先輩の顔が強張った。
 えっ、どうしたんだろう?
 続いて東部長のほうを見ると、部長は目を吊り上げながら橘先輩のことを睨んでいる。

「橘くん、もう水瀬くんたちとは関わらないって言ったよね?あれ、嘘だったの?」
 東部長は先ほどまでと打って変わって、語気を強めた口調で話す。
 すると、橘先輩はばつの悪い顔をして(うつむ)いてしまう。
 
 何で東部長、怒ってるの?何かマズいことでも言っちゃった?
 
「……別に、僕が誰と何をしてようが、部長には関係ないでしょ」
 橘先輩はそう吐き捨てると、立ち上がって足早にその場を去っていった。

「えっ、あ、あの……」
 私が困惑していると、東部長は深くため息を吐いた。
「寿々ちゃんは、水瀬くんたちと関わっちゃダメだよ?有名な問題児だから」
 そう言って、東部長は作業に戻った。
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