あなたが運命の番ですか?
「いやぁ、ほんと今朝は危うく遅刻するところだったよ……」
 裏庭のベンチに腰かけてお弁当を食べながら、アタシは鏑木朱音(かぶらぎあかね)ちゃんに今朝の話をする。
「よく間に合ったねぇ」
 朱音ちゃんは呆れたような顔をする。
「電車は1本乗り遅れちゃったけど、ダッシュしたらギリギリ間に合った」

 朱音ちゃんはベータクラスの女子で、アタシとは小学校からの幼馴染だ。
 アタシがアルファだと分かってから、ベータの女友達はアタシに対して少し遠慮するようになった。
 アルファとベータでは、同じ女子でも「異性」という扱いになる。おそらく、みんなはアタシのことを「異性の友達」として扱うようになったのだろう。
 しかし、朱音ちゃんだけは以前と変わらずに接してくれた。アタシのたった1人の「親友」だ。

「夜更かしでもしてたの?」
「えへへ、実は昨日ネット配信されたシオンくんのドラマを観てたら、止まんなくなっちゃって……」
「シオンくん」というのは、「カヴァリエ」というアルファとベータの混合男性アイドルグループのメンバーだ。ベータの可愛らしい男の子で、アタシの「推し」である。
 ちなみに、朱音ちゃんもカヴァリエが好きで、アルファのレオくん推しだ。
 
「えぇ……、バカじゃないの?」
 朱音ちゃんは呆れたようにため息を吐く。
「夜更かししたら肌荒れるよー。あんた、一応モデルなんだから気を付けなよ」
「うぅ、おっしゃる通りです……」
 
 アタシは中学2年生の時に、街中で大手のモデル事務所の人にスカウトされた。
 それまでは芸能界にあまり興味がなかったが、モデルには漠然とした憧れがあった。両親からも「学業と両立できるなら」と、事務所に入ることを許してもらえた。
 アタシが出ている雑誌はモデルが全員学生なので、学業と両立ができるように撮影スケジュールを調整してくれる。撮影は基本的に土日のどちらか週に1回で、たまに平日の放課後にも撮影が入る。

「真琴って分かりやすい趣味してるよねぇ。シオンくんもそうだけど、田村(たむら)くんも可愛い系の男子だったし……」
「うっ、アタシの失恋をほじくり返さないでよ……」
 田村くんというのは、アタシたちの中学時代の同級生で、アタシの初恋相手だ。
 ベータの男子で、朱音ちゃんの言う通り、中性的な見た目で可愛い系の人だった。
 田村くんとアタシは仲が良くて、よく一緒にオンラインゲームで遊んでいた。

 ――星宮と一緒にいると、すげー楽しい。

 田村くんは満面の笑みでそう言ってくれた。
 アタシはその言葉を聞いて、田村くんもアタシに好意を持ってくれているのだと思ったのだ。
 中学2年の2学期の終業式、アタシは体育館裏に田村くんを呼び出して告白した。しかし――。

 ――ごめん……。俺、星宮のこと『女子』として見られない。

 こうしてアタシの初恋は、あっけなく終わった。

 苦い過去を思い出して項垂(うなだ)れていると、ゲラゲラと笑う声と共に、目の前を5人の男子生徒が横切った。
 彼らの姿を目で追っていると、4人のアルファの中に1人だけ黒いチョーカーを付けたオメガが紛れているのに気づく。

「ねぇ、あれ……」
 通り過ぎた彼らを、アタシは指差す。
「あぁ、珍しいよねぇ、オメガの男子って……。確か、2年の橘先輩だっけ?」

 橘先輩――。オメガの男性なんて初めて見た。
 顔は一瞬しか見えなかったが、小柄で線が細くて、髪がショートボブなせいもあって男装した女の子のようだった。

「……でも、あの人、()()()があるんだよね」
「悪い噂って?」
 アタシがそう尋ねると、朱音ちゃんは視線を逸らしながら口をへの字に曲げる。
「一緒にいた水瀬先輩、素行が悪いことで有名な人だよ。中等部の頃からいじめの常習犯で、飲酒喫煙もしてるって噂。父親が総合病院の院長で、学園に寄付金も出してるから、先生たちも注意できないらしいよ」
「いじめって……。じゃあ、あの橘先輩って、いじめの標的になってるんじゃ……」
 オメガの生徒がいじめの標的になってしまう事例はよく耳にする。
「いや、あの人は……、たぶんそういうのじゃないと思う……」
 朱音ちゃんは含みのある言い方をし、「もうこの話はやめにしよ」と逃げるように話題を切り上げた。
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