あなたが運命の番ですか?

演劇部へようこそ

「今日は6月に行われる他校との合同公演について話したいと思います」
 ルーティンである筋トレと発声練習が終わると、ベータ男子の演劇部部長が部員たちを整列させて話し始めた。
「6月の合同公演では、1年生のみんなにも裏方として手伝ってもらいたいと思っています。役割分担はこっちで事前に決めておいたので、1人ずつ説明していくね」
 部長は、1人ずつ新入部員の名前を呼んで、仕事内容を説明していく。

「星宮さんは、前園くんと一緒に大道具やってもらえるかな?詳しい説明は、前園くんにしてもらって」
「はい、分かりました」
 部長は前園先輩に向かって「あとはよろしく」と言う。
 アタシと前園先輩は、整列している他の部員たちから離れ、部室の隅へ行く。
 
 2年生で、アタシと同じアルファの前園先輩。――気の強いエリート気質なアルファにしては珍しく大人しそうな人で、かなりの猫背姿勢が特徴的だ。
 どうやら、あの前園グループ社長の息子らしい。
 前園社長と言えば「鉄の女」というイメージだが、前園先輩は「鉄」というより「ヒノキ」な感じがする。
 しかし、言われてみれば顔立ちは似ていると思う。

「俺たちの役割は、舞台で使う『船』を作るんだ」
 今回の合同公演では、漁師たちが主役のコメディを披露する予定だ。
 4人の漁師たちが船で漁をしていると、大金の入ったスーツケースを拾ってしまう。各々が大金を独り占めしようと画策したり疑心暗鬼になったりするが、4人とも心理戦が弱く空回りしてしまうという内容だ。
 
「船って言っても、ベニヤ板で作った平面のパネルだから、そんな大掛かりなものじゃないよ。まずは、『設計図』を作ろうか」
 アタシと前園先輩は、床に座り込み、製図用紙を広げる。
 前園先輩はスマホで、公演で使用する市民ホールの広さをホームページで調べる。
 
「うーん、横幅と高さはこのくらいが良いかな?」
 前園先輩は製図用紙の端に、横幅と高さの数値を書く。
 続けて、前園先輩はスマホで漁船の画像を見ながら、製図用紙にサラサラと設計図を書いていく。
 そうこうしているうちに、いつの間にか設計図が完成してしまった。正直、アタシは見学していただけで何もしていない。
「あとで部長に見せようか」
 前園先輩は、稽古中の部長のほうを見る。
 今回、部長は役者として出演する予定だ。今はかなり熱の入った稽古をしている様子で、話しかけにくい状態である。

「……星宮さん、学校には慣れた?」
「へっ!?」
 突然前園先輩に雑談を振られて、アタシは素っとん狂な声を上げる。
 それに対して、前園先輩は「えっ?ごめん」と困惑する。
「いえ、アタシの方こそすみません。ちょっと、ボーッとしてしまって……」
 すると、前園先輩は「ふふっ」と笑った。

「俺にも、アルファの母親がいてね。アルファの母さんが『学生時代はなかなか友達ができなかった』ってよく言ってたんだ。アルファの女子って少ないし、ベータやオメガには一定の距離を置かれてしまうからって……」
 前園先輩の言う通り、アルファ女性の数は少なく、宝月学園高等部にいるアルファ女子はアタシと3年の生徒会長の2人だけだ。
 クラスメイトは男子ばかりなので、新しい友達ができるはずもなく、アタシには朱音ちゃんしかいない。
 よくベータの女子たちに声を掛けられるが、その子たちも「ファン」のような接し方だ。
 もうゴールデンウィークは過ぎたというのに、学校に馴染めている気がしない。

「うーん、正直馴染めてないです……」
「そっか……」
 前園先輩は何かを考え込む。
「……俺じゃあ、何の力にもなれないだろうけど、悩みや愚痴を聞くくらいならできるから。吐き出したいことがあったら、いつでも言ってね」
 前園先輩は優しい口調でそう言ってくれた。
「はい、ありがとうございます」
 アタシは、前園先輩の気遣いのおかげで少し胸が軽くなった。
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