あなたが運命の番ですか?
オメガのヒート――。
それ自体は、アタシも中学時代に保健体育で習ったので、きちんと知識はある。
もしも、ヒート状態のオメガが近くに居たら、アルファは発情フェロモンを嗅がないようになるべく遠くへ移動するのが基本である。
そして、発情フェロモンのせいでアルファがオメガを襲ってしまう事件は、基本的に「暴行事件」ではなく「両者の不注意による事故」として処理される。
そのため、襲ったアルファが刑務所に入るということはなく、オメガに怪我を負わせた場合のみ少額の慰謝料を支払う程度だ。
なぜオメガを襲ったアルファへの罰則がこんなにも軽いものなのか。なぜ「暴行事件」ではなく「事故」として扱われるのか。ベータの人々の間ではよく疑問視されており、アタシも疑問に思っていた。中には、「アルファへの贔屓」と揶揄する者もいる。
だけど、アタシは当事者になって、ようやくその理由が分かった。
アタシはあの時、オメガの発情フェロモンに抗うことができなかった。
頭では、橘先輩の元から離れなければならないと分かっているのに、身体は言うことを聞かない。
それどころか、理性を保とうとする脳さえも、フェロモンに支配されてしまった。
例えギリギリで理性を保てたとしても、同じようにヒートで正気を失っているオメガに誘われてしまえば、そんな脆い理性は途端に崩壊してしまう。
たぶん、誰にも悪意はないのだろう。理性を失って襲い掛かるアルファも本当はオメガを傷つけたいわけじゃないし、そんなアルファを誘ってしまうオメガもヒートによる性行為は不本意なはずだ。
アタシだって、橘先輩を傷つけたかったわけではない。
あの時、アタシは橘先輩のうなじを無理やり噛もうとした。
信じられなかった。
オメガを力づくで犯し、無理やり番にしようとした「卑劣な怪物の正体」が、アタシ自身だということが――。
――僕は、いいよ。
不幸中の幸いは、橘先輩が抵抗せずにアタシを受け入れてくれたことだろうか。
いや、あれは単にヒートのせいで、アタシと同じように脳まで支配されていただけであり、本心は違ったのかもしれない。
しかし、もしもあの時、橘先輩が泣き叫びながら抵抗して、それをアタシが力づくで組み敷いていたとしたら――。
アタシは罪悪感で心が壊れていたかもしれない。
――このオメガはアタシのものなのに。
あの時のアタシは、橘先輩のことを自分の所有物だと思っていた。
フェロモンによって、身体だけが操られていたわけではない。思考さえも怪物になり果てていたのだ。
信じられないと同時に、恐ろしくもなった。
あんな凶暴性を秘めている自分自身が――。
本来なら、アタシは橘先輩に、面と向かって謝罪すべきだろう。
しかし、アタシにはそんな勇気がない。
アタシが謝罪のために橘先輩と会った時、先輩から罵詈雑言を浴びせられるのではないのか。そんな不安が頭を過ったため、アタシは怖気づいたのだ。
それ自体は、アタシも中学時代に保健体育で習ったので、きちんと知識はある。
もしも、ヒート状態のオメガが近くに居たら、アルファは発情フェロモンを嗅がないようになるべく遠くへ移動するのが基本である。
そして、発情フェロモンのせいでアルファがオメガを襲ってしまう事件は、基本的に「暴行事件」ではなく「両者の不注意による事故」として処理される。
そのため、襲ったアルファが刑務所に入るということはなく、オメガに怪我を負わせた場合のみ少額の慰謝料を支払う程度だ。
なぜオメガを襲ったアルファへの罰則がこんなにも軽いものなのか。なぜ「暴行事件」ではなく「事故」として扱われるのか。ベータの人々の間ではよく疑問視されており、アタシも疑問に思っていた。中には、「アルファへの贔屓」と揶揄する者もいる。
だけど、アタシは当事者になって、ようやくその理由が分かった。
アタシはあの時、オメガの発情フェロモンに抗うことができなかった。
頭では、橘先輩の元から離れなければならないと分かっているのに、身体は言うことを聞かない。
それどころか、理性を保とうとする脳さえも、フェロモンに支配されてしまった。
例えギリギリで理性を保てたとしても、同じようにヒートで正気を失っているオメガに誘われてしまえば、そんな脆い理性は途端に崩壊してしまう。
たぶん、誰にも悪意はないのだろう。理性を失って襲い掛かるアルファも本当はオメガを傷つけたいわけじゃないし、そんなアルファを誘ってしまうオメガもヒートによる性行為は不本意なはずだ。
アタシだって、橘先輩を傷つけたかったわけではない。
あの時、アタシは橘先輩のうなじを無理やり噛もうとした。
信じられなかった。
オメガを力づくで犯し、無理やり番にしようとした「卑劣な怪物の正体」が、アタシ自身だということが――。
――僕は、いいよ。
不幸中の幸いは、橘先輩が抵抗せずにアタシを受け入れてくれたことだろうか。
いや、あれは単にヒートのせいで、アタシと同じように脳まで支配されていただけであり、本心は違ったのかもしれない。
しかし、もしもあの時、橘先輩が泣き叫びながら抵抗して、それをアタシが力づくで組み敷いていたとしたら――。
アタシは罪悪感で心が壊れていたかもしれない。
――このオメガはアタシのものなのに。
あの時のアタシは、橘先輩のことを自分の所有物だと思っていた。
フェロモンによって、身体だけが操られていたわけではない。思考さえも怪物になり果てていたのだ。
信じられないと同時に、恐ろしくもなった。
あんな凶暴性を秘めている自分自身が――。
本来なら、アタシは橘先輩に、面と向かって謝罪すべきだろう。
しかし、アタシにはそんな勇気がない。
アタシが謝罪のために橘先輩と会った時、先輩から罵詈雑言を浴びせられるのではないのか。そんな不安が頭を過ったため、アタシは怖気づいたのだ。