あなたが運命の番ですか?
オメガの本能
「えっ!?橘先輩、休みなんですか?」
5月の初め、私がヒートで倒れてから丸1週間が経った園芸部活動日、東部長から橘先輩が休みであると告げられた。
「そうなの。先週末にヒートが始まっちゃったみたいでね。橘くんの周期的に来週あたりだと思ってたんだけど……」
「そ、そうなんですか……」
あの後、私は家に着くとすぐに橘先輩に謝罪のメッセージを送った。
ヒートになった時、私は橘先輩に無理やり迫ったのだ。
あの時の私は、身体中が疼いて仕方なく、性的なこと以外何も考えられなくなっていた。
心も、身体も、自分が自分でないような感覚だった。
抑制剤を飲んで冷静になると、私はとんでもないことをしたと自覚した。
「失礼なことをしてしまって、すみません」
私がメッセージを送ると、橘先輩は「いいよ、気にしてないから。僕も気持ちは分かるし」と返事をくれた。
「でも、ああいうことするのは本当に好きな奴だけにしなよ。じゃないと、僕みたいになっちゃうよ」
橘先輩はそのメッセージの後に、舌を出してウィンクしている猫のキャラクターのスタンプを送ってきた。
「僕みたいになっちゃうよ」とは、どういう意味だろうか。
ヒートには、オメガの性欲増進効果があることは私も知っていた。
しかし、それ以上にアルファを誘惑して正気を失わせるという効果にばかり注目していた気がする。
ヒートによって性的なことに憑りつかれるのは、オメガも同じだ。
私は初めてヒートになったことによって、ヒート状態のオメガをアルファが襲ってしまう事例が「両者の不注意による事故」として処理される理由が分かった。
あれは、アルファが正気を失って襲い掛かるだけでなく、オメガも正気を失ってアルファを誘ってしまうからだ。
当事者であるオメガからすれば、行為は全て合意の上であり、「襲われた」という認識がない。
だから、みんな相手のアルファを訴えることもないし、「事故」で納得するのだ。
私のあの体験から推測するに、ヒート状態のオメガは、アルファだけでなくベータやオメガに対しても見境なく誘うのだろう。
あの時、私はオメガ男性である橘先輩のことを誘っていた。身体の疼きを鎮めてくれるのなら、誰でも良かった。
よくオメガのことを「卑しい淫魔」と侮辱する人がいるが、あの時の私の行動を思い返すと、否定できないかもしれない。
「今日はとりあえず予定通り、花の植え替えやっちゃおうか。2人だと時間掛かるから、今週はプランターだけ終わらせて、花壇と野菜の植え付けは来週3人でやろう」
東部長にそう言われて、私たちは苗ポットを並べたトレーを持って外へ出た。
枯れ始めている花を土ごと抉るように抜いて、そこに新しく苗ポットを植えていく。
1つのプランターに6つの苗ポットを植える。
単純だが、なかなか時間の掛かる作業だ。
「そう言えば寿々ちゃん、先週ヒートが来たんだって?」
私の隣のプランターで作業している東部長が話しかけてきた。
「はい、そうです」
「抑制剤、ちゃんと効いた?」
「はい、ちゃんと効きました」
「ああ、良かった。たまに抑制剤も効かない人がいるからねぇ」
抑制剤を服用すると、ヒートの症状はほとんど無くなった。
たまに悶々とする時はあるが、性的なことしか考えられないほど強烈ではないし、普通に動くこともできた。
1日1錠、抑制剤をヒート期間である7日間飲み続ける。
ヒートの症状がほとんど軽減されると言っても完全に無くなるわけではない。
用製剤を服用している場合の発情フェロモンでも、至近距離でアルファが嗅げば多少性的興奮を覚える。理性を失うほどでなくても、悪いアルファならそれだけで襲い掛かる危険性もある。
そのため、ヒート期間のオメガはあまり外出をしない。私もヒートが終わるまで学校を休んでいた。
「寿々ちゃん、初めてヒート状態になった時、びっくりしたでしょ?」
東先輩は優しげな、どこか労わるような表情で問いかけてくる。
「びっくりした」というのは、ヒートそのものに対してというよりも、ヒートの症状に対してだと思う。
「……そう、ですね」
私は、橘先輩を誘惑しようとした時のことを思い出して、胸が苦しくなる。
「大丈夫だよ、みんな同じだから。私も初めはびっくりしたなぁ……。でもね、オメガはみんな、ヒートの時はああなっちゃうの。寿々ちゃんだけじゃない。だから、『恥ずかしい』とか『みっともない』とか、そんなこと考えなくて良いからね」
私の心を見透かしたように、東先輩は優しい言葉を掛けてくれた。
――いいよ、気にしてないから。僕も気持ちは分かるし。
私は橘先輩のメッセージを思い出した。
そうか。オメガはみんな、私と同じような経験をしているのか。
私だけがあんなふうになるわけではない。
みんな同じように悩んで、「オメガ」という第2の性と向き合っている。
「はい、ありがとうございます」
私がそう言って笑うと、東部長もどこか安堵したような笑みを浮かべた。
「あ、そうだ」
東先輩はコソッと耳打ちをする。
「ヒートの間、たまに悶々とするでしょ?ああいう時は、腹筋とか腕立て伏せとか、簡単な運動で解消出来たりするよ。ダイエットにも良いからおススメ。あとはそうだなぁ……。テレビや雑誌でアルファのイケメン芸能人を眺めたりしても、落ち着いたりするんだよね」
「えぇっ!?そうなんですか?」
私は自分のヒート期間のことを思い出した。
私はカヴァリエというアイドルグループが好きで、特に「ハルト」というアルファのメンバーのファンだ。
ヒートの間、なぜかやたらとハルトくんのことが頭に浮かんで、ずっとブロマイドや動画サイトの公式MVを眺めていた。
あれって、無意識のうちに魅力的なアルファを求めていたということなのだろうか。
5月の初め、私がヒートで倒れてから丸1週間が経った園芸部活動日、東部長から橘先輩が休みであると告げられた。
「そうなの。先週末にヒートが始まっちゃったみたいでね。橘くんの周期的に来週あたりだと思ってたんだけど……」
「そ、そうなんですか……」
あの後、私は家に着くとすぐに橘先輩に謝罪のメッセージを送った。
ヒートになった時、私は橘先輩に無理やり迫ったのだ。
あの時の私は、身体中が疼いて仕方なく、性的なこと以外何も考えられなくなっていた。
心も、身体も、自分が自分でないような感覚だった。
抑制剤を飲んで冷静になると、私はとんでもないことをしたと自覚した。
「失礼なことをしてしまって、すみません」
私がメッセージを送ると、橘先輩は「いいよ、気にしてないから。僕も気持ちは分かるし」と返事をくれた。
「でも、ああいうことするのは本当に好きな奴だけにしなよ。じゃないと、僕みたいになっちゃうよ」
橘先輩はそのメッセージの後に、舌を出してウィンクしている猫のキャラクターのスタンプを送ってきた。
「僕みたいになっちゃうよ」とは、どういう意味だろうか。
ヒートには、オメガの性欲増進効果があることは私も知っていた。
しかし、それ以上にアルファを誘惑して正気を失わせるという効果にばかり注目していた気がする。
ヒートによって性的なことに憑りつかれるのは、オメガも同じだ。
私は初めてヒートになったことによって、ヒート状態のオメガをアルファが襲ってしまう事例が「両者の不注意による事故」として処理される理由が分かった。
あれは、アルファが正気を失って襲い掛かるだけでなく、オメガも正気を失ってアルファを誘ってしまうからだ。
当事者であるオメガからすれば、行為は全て合意の上であり、「襲われた」という認識がない。
だから、みんな相手のアルファを訴えることもないし、「事故」で納得するのだ。
私のあの体験から推測するに、ヒート状態のオメガは、アルファだけでなくベータやオメガに対しても見境なく誘うのだろう。
あの時、私はオメガ男性である橘先輩のことを誘っていた。身体の疼きを鎮めてくれるのなら、誰でも良かった。
よくオメガのことを「卑しい淫魔」と侮辱する人がいるが、あの時の私の行動を思い返すと、否定できないかもしれない。
「今日はとりあえず予定通り、花の植え替えやっちゃおうか。2人だと時間掛かるから、今週はプランターだけ終わらせて、花壇と野菜の植え付けは来週3人でやろう」
東部長にそう言われて、私たちは苗ポットを並べたトレーを持って外へ出た。
枯れ始めている花を土ごと抉るように抜いて、そこに新しく苗ポットを植えていく。
1つのプランターに6つの苗ポットを植える。
単純だが、なかなか時間の掛かる作業だ。
「そう言えば寿々ちゃん、先週ヒートが来たんだって?」
私の隣のプランターで作業している東部長が話しかけてきた。
「はい、そうです」
「抑制剤、ちゃんと効いた?」
「はい、ちゃんと効きました」
「ああ、良かった。たまに抑制剤も効かない人がいるからねぇ」
抑制剤を服用すると、ヒートの症状はほとんど無くなった。
たまに悶々とする時はあるが、性的なことしか考えられないほど強烈ではないし、普通に動くこともできた。
1日1錠、抑制剤をヒート期間である7日間飲み続ける。
ヒートの症状がほとんど軽減されると言っても完全に無くなるわけではない。
用製剤を服用している場合の発情フェロモンでも、至近距離でアルファが嗅げば多少性的興奮を覚える。理性を失うほどでなくても、悪いアルファならそれだけで襲い掛かる危険性もある。
そのため、ヒート期間のオメガはあまり外出をしない。私もヒートが終わるまで学校を休んでいた。
「寿々ちゃん、初めてヒート状態になった時、びっくりしたでしょ?」
東先輩は優しげな、どこか労わるような表情で問いかけてくる。
「びっくりした」というのは、ヒートそのものに対してというよりも、ヒートの症状に対してだと思う。
「……そう、ですね」
私は、橘先輩を誘惑しようとした時のことを思い出して、胸が苦しくなる。
「大丈夫だよ、みんな同じだから。私も初めはびっくりしたなぁ……。でもね、オメガはみんな、ヒートの時はああなっちゃうの。寿々ちゃんだけじゃない。だから、『恥ずかしい』とか『みっともない』とか、そんなこと考えなくて良いからね」
私の心を見透かしたように、東先輩は優しい言葉を掛けてくれた。
――いいよ、気にしてないから。僕も気持ちは分かるし。
私は橘先輩のメッセージを思い出した。
そうか。オメガはみんな、私と同じような経験をしているのか。
私だけがあんなふうになるわけではない。
みんな同じように悩んで、「オメガ」という第2の性と向き合っている。
「はい、ありがとうございます」
私がそう言って笑うと、東部長もどこか安堵したような笑みを浮かべた。
「あ、そうだ」
東先輩はコソッと耳打ちをする。
「ヒートの間、たまに悶々とするでしょ?ああいう時は、腹筋とか腕立て伏せとか、簡単な運動で解消出来たりするよ。ダイエットにも良いからおススメ。あとはそうだなぁ……。テレビや雑誌でアルファのイケメン芸能人を眺めたりしても、落ち着いたりするんだよね」
「えぇっ!?そうなんですか?」
私は自分のヒート期間のことを思い出した。
私はカヴァリエというアイドルグループが好きで、特に「ハルト」というアルファのメンバーのファンだ。
ヒートの間、なぜかやたらとハルトくんのことが頭に浮かんで、ずっとブロマイドや動画サイトの公式MVを眺めていた。
あれって、無意識のうちに魅力的なアルファを求めていたということなのだろうか。