あなたが運命の番ですか?
 お見合いの前に、先方の両親から俺と「事前に面談したい」という申し出があった。
 場所は、見合いの時と同じ料亭だ。

 初めて春川さんの両親を見た時、俺は「かなり高齢だな」と思った。
 両親は共に60歳手前くらいで、俺の1つ下の子が見合い相手なので歳の離れた兄姉がいるのだと思ったが、そうではないらしい。
「私たち、なかなか子供に恵まれなくて、やっと娘を授かったのが2人とも40を過ぎた時なんです」
 どうやら、不妊治療の末に授かった子供らしい。
 そんな苦労の末に授かった大事な娘が社会的に冷遇されやすいオメガだったため、春川さんの両親は娘のことを心配しているようだ。
 俺と事前に面談したいという申し出も、俺が大事な娘と番わせる相手にふさわしいかチェックするためだろう。
 特に母親のほうは、俺のことを警戒しているようで、「趣味」「理想の家族像」「恋愛経験」などいろいろ根掘り葉掘り聞かれた。

「進路については、どうされるおつもりなんですか?」
 俺はこの質問に、大学に進学して母さんの後を継ぐという模範的な回答を述べた。
 チラッと亜紀母さんのほうを見ると、母さんは満足げな表情を浮かべていた。

「優一郎さんは、オメガに対してどういう印象を持たれていますか?」
 春川夫人は、先ほどよりも真剣な眼差しで尋ねてきた。
 俺は何となく、これがこの面談の核心に触れる質問であると察した。
 
「とても……、怖い、です」
 俺は正直に答えた。
「怖い?」
 春川夫人は怪訝な表情を浮かべる。
「僕には、もう1人母親がいて、その人はオメガなんです。中学の頃、僕はオメガの母を誤ってケガさせてしまったことがあります。それ以来、オメガの女性と接するのが怖くて、母とも距離を取るようになりました。オメガが怖いというよりも、アルファである自分が怖いんです。その気になれば、簡単に他人を傷つけることのできる自分が……」
 俺はそう話している間、ずっと声が震えていた。
 
「では、そのオメガと、……うちの娘とどうやって接していくおつもりなんですか?」
 春川夫人は、続けざまに質問を投げかけてくる。
 俺は困った。
 そうか、オメガと番になったら――。というよりも、番になる過程でも、オメガと接する必要が出てくる。
 俺は、番となるオメガの女性とどう接したらいい?どう接すれば、傷つけるに済む?

「正直、まだ分かりません……。寿々さんがどんな人なのか、僕にはまだ分かりません。何が好きで、何が嫌いなのか。何をすれば嬉しくて、何をすれば嫌なのか……。僕は、自分の番となるオメガには、好きなものだけを与えて、嬉しいことだけをしてあげたいです」
 緊張で自分が何を話しているのか分からない。
 ただ、俺が思っていることをそのまま伝えた。
「情けない男」と思われるかもしれないが、この質問だけは取り繕ったことを答えたくなかった。
 
「だから、僕は、……寿々さんのことが知りたいです」
 
 そう言い終えると、春川夫人の強張っていた表情が少しずつ(ほぐ)れていった。
「優一郎さんは、優しい人なんですね」
 春川夫人は目に涙を浮かべている。
「優一郎さんのような心優しい方と娘が番になれたら、私たちも安心です」
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