あなたが運命の番ですか?

罪悪感を抱くだけ無駄だった

 アタシが橘先輩を襲った日から、1週間が経った。
 この1週間、アタシは橘先輩と1度も顔を合わせていないし、周りがあの出来事を知った様子もない。
 その代わり、橘先輩は毎晩のようにアタシの夢に現れた。
 夢の中の橘先輩はいつもアタシを誘い、アタシは先輩の身体を貪った。あの日のように――。

 5月上旬の水曜日の昼休み、アタシはいつものように朱音ちゃんと待ち合わせている裏庭へ向かう。
 その道中、アルファ棟の1階へ降りたところで、アタシは――橘先輩と鉢合わせた。
「あっ」
 驚いたように目を見開いた橘先輩の顔を見た瞬間、アタシは全身の血が凍り付き、喉の奥で「ヒッ」と情けない音が鳴った。
 何でオメガの橘先輩がアルファ棟にいるの!?

 マズい。どうしよう……。
 あの出来事について、橘先輩に非難されるのではないかという恐怖心が湧く。

 アタシは無意識のうちに、橘先輩から逃げようとする。
「待ってよ」
 橘先輩は、通り過ぎようとするアタシの手を掴んだ。
 アタシは心臓が飛び出そうになり、思わず足を止めてしまう。
「逃げることないじゃん」

 心臓がバクバクとうるさく、額が脂汗でじっとりと湿っているのが自分でも分かる。
 この期に及んで、アタシは逃げることしか考えていない。そして、そんな自分に嫌気が差す。
 このままじゃ、ダメだ。ちゃんと橘先輩と、自分が犯した罪と向き合わないと――。

「す、すみませんでした!」
 アタシは橘先輩のほうを向いて、深く頭を下げる。
「は?」
「言い訳のしようもありません!正気じゃなかったとはいえ、無理やりあんなことをしてしまって……。どうぞ、煮るなり焼くなり好きにしてください」
「え?ちょ、ちょっと待って……」
 頭上で、橘先輩の困惑したような声が聞こえる。

「もしかして、君、僕のことを犯したと思ってるの?」
「えっ、だって、そうじゃないですか……」と言いながら、アタシは顔を上げた。
 想定外の反応をする橘先輩に、アタシは困惑する。
 
「はあ?『僕はいいよ』ってちゃんと言ったじゃん。僕は犯されたつもりないし、そんなふうに勝手に罪悪感で死にそうな顔されても困るんだけど」
 橘先輩は呆れたように吐き捨てる。
「でも、あの時は先輩だってヒートの状態で、正常な判断ができていなかっただけで、内心は嫌だったんじゃ……」
「何それ、うざ……」
 橘先輩は眉間に皺を寄せながら、ため息を吐く。
 まさか「うざい」と言われるとは思っていなかった。

「君ってアルファのくせに小心者だね。もしかして、童貞処女だった?」
 橘先輩の言葉に、アタシは一瞬フリーズする。そして、徐々にその意味を理解した。
「はぁぁぁあああああああ!!!!??」
 橘先輩の言葉を理解した瞬間、その口から飛び出した際どい単語に、アタシは人目も(はばか)らず叫んでしまう。
 いや、あれが初体験だったのは否定しないけれど――。
「ははーん。なるほどね。初体験があんなんだったからショック受けてるってわけか。まあ、女の子だったら、そういうの気にするよね。でも、まだ処女は残ってるんだから、そんな気にしなくても良いじゃん」
 橘先輩は鼻で笑いながら話す。
 その様子を見たアタシは、全身から一気に力が抜けた。
 アタシが罪悪感に苛まれていたこの1週間は、一体なんだったんだ……?
 
「ハァ……。だったら、もういいです」
 アタシは何もかもが馬鹿馬鹿しくなって、その場を立ち去ろうとする。
 すると、橘先輩は掴んでいたアタシの手を再度引いた。
「えっ!?」
 そして、アタシは橘先輩によって、無人の理科室に連れ込まれる。
「ちょっ、一体何なんですか!?」
 アタシが困惑していると、橘先輩がこちらを向く。

「ねぇ、今日って部活ある?」
「えっ、今日……?いや、休みですけど……」
 それが一体どうしたって言うんだ?
「ふーん。じゃあさ、放課後、僕の家に来なよ」
「へっ?」
 すると、橘先輩はいきなりアタシに詰め寄ってきた。それに対して、アタシは反射的に後退(あとずさ)る。
「『また遊ぼうね』って言ったじゃん。僕んち、学校から結構近いんだよね。学校だと、口うるさい奴がいるからさ……。僕は部活あるんだけど、17時くらいに終わると思うし」
 橘先輩は妖しく笑いながら、アタシに抱き着くように身体を密着させる。

 心臓がバクバクする。
 アタシは橘先輩の言っている「家に来なよ」の意味が分かる。
 ダメだ。こんなこと――。
 早く先輩のことを突き放さなければ――。

「い、いや……、そんなこと……」
「ダメだ」と言わなければ――。

「嫌?僕のココ、気持ち良くなかった?」
 橘先輩はアタシのことを見上げながら、アタシの手を取って、自身の尻を撫でさせる。
 その柔らかで弾力のある感触に、アタシは思わず息を呑んだ。
 そして、アタシの脳裏にはあの時の橘先輩の姿が浮かび、脳を焼き尽くすようなフェロモンの匂いと快楽が蘇る。
「僕はずっと忘れられなかったんだよ?君に埋めてほしくてしょうがなかったのに……」
 橘先輩は、アタシの耳元でそう囁く。
 先輩の声は艶めかしく、フェロモンと同じくらい刺激が強い。

「――どこで」
「ん?」
「先輩が部活終わるまで、アタシはどこで待ってればいいですか?」
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