あなたが運命の番ですか?
 数日前、俺は読書のための本を借りようと、亜紀母さんの書斎へ入った。
 亜紀母さんは読書家で、書斎の壁一面の本棚には本がビッシリと詰まっている。
 母さんは俺に、「読みたい本があったら勝手に持って行って良いから」と言ってくれているので、お言葉に甘えて俺は書斎の本をよく借りている。

 その日、書斎に入るとなぜかデスクの上に、1冊のファイルが置かれていた。
 ファイルの表紙には「重要」と書かれている。
 俺は好奇心で、そのファイルを中身を見た。
 そこには、この家を建てる際に交わしたであろう契約書らしき書類や、家や土地に関する書類が挟まっている。
「そんなに面白い物でもないな」と思いながらパラパラとページを捲っていると、「誓約書」と書かれた書類が目に留まった。

 前園亜紀とその親族、職場への接見禁止。
 遺産相続権利の放棄。
 
 誓約書にはそんな文言が書かれ、下部には知らない女性の署名と捺印がある。
 そして、そこに書かれている日付は、俺が生まれる5年前だ。

 誓約書の内容をよく読むと、そこには亜紀母さんとその女性が番関係であることと、書面上の番関係を解消することが書かれていた。
 俺は頭が真っ白になった。
 亜紀母さんに、伽耶母さん以外の番がいたなんて初耳だ。
 しかも、こんな誓約書を書かせて、無理やり縁を切るだなんて――。

 ショックだった。
 亜紀母さんの番が伽耶母さんだけではなかったこともそうだが、1度番を()()()()()という事実が――。
 
 いや、亜紀母さんは自分勝手な理由で番の女性を路頭に迷わせるような、そんな無責任な人ではない。きっと何か事情があるのだろう。
 それに、アルファは複数人の番を作っても何の問題はないし、そういうアルファだっている。
 俺は必死に自分にそう言い聞かせた。
 だけど――。

 俺は、亜紀母さんのことが分からなくなった。
 亜紀母さんには、伽耶母さんとこの女性以外にも、番がいるのだろうか。
 最近、亜紀母さんが1人で外出するのは、他のオメガと会っているから?
 亜紀母さんに新しい番が出来たら、伽耶母さんがこの家を追い出されるなんてことがあるのだろうか。
 嫌な妄想ばかりが膨らんでいく。

「母さん……」
 
 俺は張り裂けそうな胸を抱え込むように、その場に(うずくま)った。
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