あなたが運命の番ですか?
 午前の部が終了し、お昼休みとなった。
 私たちはいつものように、裏庭に集合した。
「朱音ちゃん、徒競走2位おめでとう」
 星宮さんは私たちと合流するなり、鏑木さんにそう言った。
「春川さんも借り物競争4位おめでとう。すごいお題引いちゃったねぇ」
「ほんと、ねぇ」
 私がそう言ってため息を吐くと、2人はクスクスと笑った。

「春川さんって、前園先輩と婚約してるんだね。びっくりしたよぉ」
 星宮さんはそう言って、卵焼きを口の中に入れる。
「そう言えば真琴、前園先輩とは演劇部で一緒だよね?」
「えっ?そうなの?」
 鏑木さんの発言に、私は思わず目を丸くさせる。
 
「うん。あれ?アタシが演劇部って言ってなかったっけ?」
「いや、そうじゃなくって……。前園先輩って演劇部なの?」
「うん、そうだよ。知らなかったの?」
 星宮さんは不思議そうな顔をする。
「し、知らなかった……」

 ――俺は運動部に入ってないし……。

 そう言えば、前園先輩の部活の話なんてそれくらいしか聞いたことがなかった。
 いや、部活だけじゃない。
 私は先輩のパーソナルな面をほとんど知らない気がする。

「……春川さんってさ、前園先輩のことどう思ってるの?」
 鏑木さんは、突然真剣な表情で尋ねてきた。
「どうって?」
「クラスのみんなには『婚約は親同士が決めた』って言ってたから。借り物競争では『好きな人』として先輩と一緒にゴールしてたけど、それってもしかして親や先輩への建前だったりする?本当は先輩のこと、あんまり好きじゃない?」
 鏑木さんにそう問われて、私は改めて自分の気持ちを考える。
 
 親が勝手に決めたお見合いで、私はその場の空気に流されて前園先輩と婚約した。
 借り物競争の「好きな人」も、婚約者の前園先輩なら周りも納得してくれると思って彼を連れて行った。
 だけど、本当の意味で前園先輩が「好きな人」かと問われると答えに困る。
 確かに、鏑木さんの言う通り、さっきの借り物競争は「建前」なのかもしれない。前園先輩と、保護者席で観覧しているであろう私の両親への――。

「正直、よく分かんないな……。そもそも私は、初恋自体がまだだし……」
 私はまだ1度も恋をしたことがない。
 だから、恋愛感情がどういうものなのか分かっていない。
 
「でも、前園先輩ってすごく優しく笑うの。先輩への気持ちはよく分からないけど、先輩の笑顔はずっと眺めていたいなって思う……」
 しみじみと自分の気持ちを語る私を、鏑木さんと星宮さんは少し驚いたような表情で見つめる。

「ねぇ、春川さん、それって前園先輩のこと、す――」
 星宮さんがそこまで言い掛けたところで、鏑木さんは彼女の太ももを軽く叩き、星宮さんは「()てっ!」と顔をしかめた。
 
「まあ、嫌いじゃないんだったら良いや。……でも、もし、前園先輩に泣かされたりしたら私に言いなよ。1発ぶん殴ってやるから」
 鏑木さんは、得意げに笑う。
「ふふっ、うん、ありがとう」
 私はそんな鏑木さんに対して、「心強いな」と思った。
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