あなたが運命の番ですか?
友達でいたかった
「彼女は、クラスメイトの鏑木さん」
「初めまして、鏑木朱音です。お邪魔します」
週末、この日は勉強会のために鏑木さんが私の家へやって来た。
「いらっしゃい。いつも娘がお世話になってます」
お母さんは穏やかな笑顔で、鏑木さんに会釈する。
私が友達を招いて勉強会をすると言った時、お母さんは「友達って、どんな子?」と怪訝そうに尋ねてきた。
しかし、友達がベータ女子であると伝えると、お母さんは上機嫌で勉強会を許してくれた。
あの日以来、私たちは星宮さんと疎遠になった。
昼休みも裏庭ではなく、教室で過ごしている。
鏑木さんとは変わらずに仲良くしており、彼女の様子も以前とあまり変わらない。しかし、時々寂しそうな顔をする。
私たちは、自室のローテーブルに参考書やノートを広げる。そして、私は参考書の問題を解きながら、鏑木さんに分からないところを質問する。
「春川さん、英語で1番自信ない範囲ってどこ?」
「うーん、範囲というより、リスニング問題全般が苦手だなぁ……。中間テストの時は全滅だったし」
「あー、リスニングかぁ……。リスニングだったら、私より真琴のほうが得意――」
鏑木さんは星宮さんの名前を口にした瞬間、「あっ」という顔をした。
鏑木さんはこの数日間、星宮さんの話題を避けていた。
「……ごめん」
鏑木さんは大きくため息を吐いて、項垂れる。
――朱音ちゃんだって、アタシと友達でいるの、しんどいでしょ。
――バレてたんだ。
私はあの日の2人のやり取りを思い出す。
「友達でいるのがしんどい」とは、どういう意味だったのだろうか。
私は、あの言葉の意味がずっと気になって仕方がなかった。
もしかして、鏑木さんは星宮さんのことを――。
「あの、鏑木さん……。1つ聞いてもいいかな?もしかすると、気を悪くさせちゃうような質問かもしれないけど……」
私は、恐る恐る尋ねる。
すると、鏑木さんは困惑気味の表情で顔を上げ、しばらく口を堅く結んで考え込む。
「うん、大丈夫だよ」
鏑木さんは覚悟を決めたような表情で頷く。
「星宮さんのこと、どう思ってたの?」
私がそう尋ねると、鏑木さんは困ったように笑った。
「あははっ、やっぱり、それ聞かれちゃうよねぇ」
鏑木さんは口をへの字に曲げ、「うーん?」と唸る。
「真琴は、私にとって幼馴染で親友。本当にそれだけ。小学校の時、真琴がアルファだって分かってから、他の女の子たちは真琴と距離を取るようになったの。だけど、私は変わらない関係でいようと思った」
鏑木さんは「でも」と続ける。
「周りはそれを許してくれなかった。中学に入ってから、私たちは周りから冷やかされるようになったの。『お前ら付き合ってるのか?』って……。まあ、確かにそう思われても仕方ないのかな?アルファとベータの女性同士が結婚するパターンもあるし、真琴はあの頃からベータの女子たちに人気で……、真琴に片思いしてるみたいな子もいたし……。真琴のことが好きな女の子から嫌がらせされたこともあった。あの頃はすっごく辛かったけど、でも……、それでも、私は真琴と友達でいたかった」
鏑木さんは悲しそうな表情で、弱々しい声で語る。
「そんなことがあってから、私は人の目を気にしながら、真琴と接するようになった。人目の多い場所では、真琴と話さないようになったの。冷やかされたり、勘違いされたくないから……。昼休みに人気のない裏庭でご飯食べてたのも、そういう理由」
鏑木さんはそう言って苦笑する。
私はその話を聞いて、体育祭のことを思い出した。
クラス対抗リレーの後、人混みの中で私は星宮さんに声を掛けようとした。しかし、鏑木さんは渋い顔をしながら、辺りをキョロキョロと見渡していた。
あれは人目を気にしていた、ということだったようだ。
思い返してみれば、人目の多い場所で鏑木さんと星宮さんが一緒にいるところを見たことがない。
「真琴には、バレてないつもりだったんだけどね……」
鏑木さんは肩を落とす。
悲しそうな鏑木さんを見て、私はまた申し訳ないという気持ちが湧いた。
私が星宮さんや鏑木さんと距離を置いていたら、青山会長からあんなことを言われなかったし、星宮さんと鏑木さんが疎遠になることもなかっただろう。
「ごめんなさい、私のせいで……。私がいなかったら、こんなことには――」
「ううん、そんなことないよ。遅かれ早かれ、いつかこうなってたと思う」
鏑木さんは私を慰めながら、困ったように笑う。
「小学校の時は良かったんだけどね。あの頃は、本当に親友同士だった。だけど、中学に入ってから、ちょっとずつズレるようになった……。周りに冷やかされたのもそうだけど、それ以上に真琴自身が変わっていった。どんどん背が伸びて、筋肉がついて……、私みたいなベータの女子とは違う見た目になっていった。それが、何だか寂しかった……」
鏑木さんは泣きそうな顔で、最後は絞り出すように語った。
鏑木さんの話を聞いて、私は自身の第二次性徴期間のことを思い出す。
周りの女の子たちとは違う見た目や特性が現れ始め、戸惑いや寂しさを覚えた。
しかし、そんな感情を抱くのは、少数派であるアルファやオメガだけではないようだ。
アルファの友達が自分たちとは違う見た目になっていくのを、目の当たりにした鏑木さんの気持ちを考えると、私は胸が締め付けられた。
「初めまして、鏑木朱音です。お邪魔します」
週末、この日は勉強会のために鏑木さんが私の家へやって来た。
「いらっしゃい。いつも娘がお世話になってます」
お母さんは穏やかな笑顔で、鏑木さんに会釈する。
私が友達を招いて勉強会をすると言った時、お母さんは「友達って、どんな子?」と怪訝そうに尋ねてきた。
しかし、友達がベータ女子であると伝えると、お母さんは上機嫌で勉強会を許してくれた。
あの日以来、私たちは星宮さんと疎遠になった。
昼休みも裏庭ではなく、教室で過ごしている。
鏑木さんとは変わらずに仲良くしており、彼女の様子も以前とあまり変わらない。しかし、時々寂しそうな顔をする。
私たちは、自室のローテーブルに参考書やノートを広げる。そして、私は参考書の問題を解きながら、鏑木さんに分からないところを質問する。
「春川さん、英語で1番自信ない範囲ってどこ?」
「うーん、範囲というより、リスニング問題全般が苦手だなぁ……。中間テストの時は全滅だったし」
「あー、リスニングかぁ……。リスニングだったら、私より真琴のほうが得意――」
鏑木さんは星宮さんの名前を口にした瞬間、「あっ」という顔をした。
鏑木さんはこの数日間、星宮さんの話題を避けていた。
「……ごめん」
鏑木さんは大きくため息を吐いて、項垂れる。
――朱音ちゃんだって、アタシと友達でいるの、しんどいでしょ。
――バレてたんだ。
私はあの日の2人のやり取りを思い出す。
「友達でいるのがしんどい」とは、どういう意味だったのだろうか。
私は、あの言葉の意味がずっと気になって仕方がなかった。
もしかして、鏑木さんは星宮さんのことを――。
「あの、鏑木さん……。1つ聞いてもいいかな?もしかすると、気を悪くさせちゃうような質問かもしれないけど……」
私は、恐る恐る尋ねる。
すると、鏑木さんは困惑気味の表情で顔を上げ、しばらく口を堅く結んで考え込む。
「うん、大丈夫だよ」
鏑木さんは覚悟を決めたような表情で頷く。
「星宮さんのこと、どう思ってたの?」
私がそう尋ねると、鏑木さんは困ったように笑った。
「あははっ、やっぱり、それ聞かれちゃうよねぇ」
鏑木さんは口をへの字に曲げ、「うーん?」と唸る。
「真琴は、私にとって幼馴染で親友。本当にそれだけ。小学校の時、真琴がアルファだって分かってから、他の女の子たちは真琴と距離を取るようになったの。だけど、私は変わらない関係でいようと思った」
鏑木さんは「でも」と続ける。
「周りはそれを許してくれなかった。中学に入ってから、私たちは周りから冷やかされるようになったの。『お前ら付き合ってるのか?』って……。まあ、確かにそう思われても仕方ないのかな?アルファとベータの女性同士が結婚するパターンもあるし、真琴はあの頃からベータの女子たちに人気で……、真琴に片思いしてるみたいな子もいたし……。真琴のことが好きな女の子から嫌がらせされたこともあった。あの頃はすっごく辛かったけど、でも……、それでも、私は真琴と友達でいたかった」
鏑木さんは悲しそうな表情で、弱々しい声で語る。
「そんなことがあってから、私は人の目を気にしながら、真琴と接するようになった。人目の多い場所では、真琴と話さないようになったの。冷やかされたり、勘違いされたくないから……。昼休みに人気のない裏庭でご飯食べてたのも、そういう理由」
鏑木さんはそう言って苦笑する。
私はその話を聞いて、体育祭のことを思い出した。
クラス対抗リレーの後、人混みの中で私は星宮さんに声を掛けようとした。しかし、鏑木さんは渋い顔をしながら、辺りをキョロキョロと見渡していた。
あれは人目を気にしていた、ということだったようだ。
思い返してみれば、人目の多い場所で鏑木さんと星宮さんが一緒にいるところを見たことがない。
「真琴には、バレてないつもりだったんだけどね……」
鏑木さんは肩を落とす。
悲しそうな鏑木さんを見て、私はまた申し訳ないという気持ちが湧いた。
私が星宮さんや鏑木さんと距離を置いていたら、青山会長からあんなことを言われなかったし、星宮さんと鏑木さんが疎遠になることもなかっただろう。
「ごめんなさい、私のせいで……。私がいなかったら、こんなことには――」
「ううん、そんなことないよ。遅かれ早かれ、いつかこうなってたと思う」
鏑木さんは私を慰めながら、困ったように笑う。
「小学校の時は良かったんだけどね。あの頃は、本当に親友同士だった。だけど、中学に入ってから、ちょっとずつズレるようになった……。周りに冷やかされたのもそうだけど、それ以上に真琴自身が変わっていった。どんどん背が伸びて、筋肉がついて……、私みたいなベータの女子とは違う見た目になっていった。それが、何だか寂しかった……」
鏑木さんは泣きそうな顔で、最後は絞り出すように語った。
鏑木さんの話を聞いて、私は自身の第二次性徴期間のことを思い出す。
周りの女の子たちとは違う見た目や特性が現れ始め、戸惑いや寂しさを覚えた。
しかし、そんな感情を抱くのは、少数派であるアルファやオメガだけではないようだ。
アルファの友達が自分たちとは違う見た目になっていくのを、目の当たりにした鏑木さんの気持ちを考えると、私は胸が締め付けられた。