あなたが運命の番ですか?

千尋の両親

 アタシたちはお風呂に入った後、近所のミルキーウェイレストランへやって来た。
 橘先輩はハンバーグのライスセットとドリンクバー、アタシはドリンクバーを単品で頼んだ。もちろん、先輩の分はアタシの奢りだ。

「うまっ」
 アタシはストローでコーラを飲みながら、ハンバーグを美味しそうに頬張る橘先輩をボーッと眺める。
 売春行為の対価って、もしかしてご飯の奢りだったりする?
 
「ミルキーウェイ、久々に来たわ」
 橘先輩はご機嫌な様子だ。
 目の前で食事をしている橘先輩を見ていると、アタシもお腹が空いてきた。

「星宮さんは何か食べないの?」
「アタシはいいです。『今日、夕飯いらない』って言ってないから、家でママが夕飯用意してあるはずなんで……」
 腹を満たした状態で、夕飯が用意された家に帰ると確実にママに怒られるし、流石に申し訳ない。
 アタシがそんな話をすると、橘先輩は急に暗い顔をする。
 
「……いいね、ちゃんとした親がいて」
 橘先輩は、棘のある口調で言い放つ。
 アタシはその言葉の意味が理解できず、「何ですか、急に」と返した。
 橘先輩はストローでジュースを飲みながら、何か考え事をするように目を泳がせる。

「うちの母親、1回会ったことあるでしょ?ほら、ダイニングで酒飲んでたケバい人」
「あっ、あぁ、はい……」
 橘先輩の母親の話が出た瞬間、先ほどの言葉の意味をようやく理解した。
 ちゃんとした親――。

「うちの母親、全然家に帰ってこないし、たまに帰ってきたと思ったら酒ばっかり飲んでるし……。ご飯も作ってくれるどころかお金だけ渡して、『適当に何か買って食べろ』って言うしさ」
 橘先輩は、そう語りながら苦笑いする。

「僕ね……、両親がどっちもオメガなんだ」
「えぇっ!!?」
 橘先輩の衝撃的な事実に、アタシは思わず素っとん狂な声を上げる。
 そんなアタシを見て、橘先輩はクスクスと笑う。
 
 両親がどっちもオメガって、橘先輩はオメガの男女の間から生まれたってこと?でも、オメガの男性って――。
「ふふっ、びっくりするでしょ。オメガの男はほぼ種無しって言うからね。僕も托卵を疑ったけど、父親の写真を見たら僕と瓜二つだなんだよね。人によっては、孕ませられるみたい」
 橘先輩はあっけらかんとした様子で語る。

「母さん、酔っ払うとよく父さんの話をするんだ。2人が出会ったのは高校で、当時母さんには親が決めたアルファの婚約者がいて……、高校卒業直後に父さんと駆け落ちしたんだってさ」
 食べ終えた橘先輩は、ナイフとフォークを置いて頬杖をつく。
「2人が一緒に暮らし始めて、すぐに母さんの妊娠が分かった。それで父さんは、僕と母さんを養おうとしたんだ。でも、父さんも母さんも番のいないオメガだから、まともな仕事に就けるわけがなくて……。お察しの通り、風俗で働いてたみたい」
 
 番のいないオメガは、ヒートによるアルファとのトラブルを懸念されるため、就職が難しい。
 しかし、番がいれば、番以外のアルファが発情フェロモンに反応することもないため、オメガでも一般企業への就職も可能になる。
 
「父さんは1人で、店を掛け持ちして1日中ずっと働いてたんだって。母さんも『一緒に働く』って言ったらしいけど、父さんは『君にあんなことはさせられない』って言って……。だけど、そんな無理が祟って……、僕が2歳の誕生日を迎える前に、父さんは身体を壊して死んじゃったんだ……」
 橘先輩は続けざまに「バカだよね」と吐き捨てた。

「父さんが死んじゃったから、今は母さんが同じことをしてお金を稼いでるんだ。父さんはバカだよ。最初から母さんも働いていれば、今でも生きてたかもしれないのに……。母さんを働かせなかったのは、母さんのことを守るためだろうけど、死んじゃったら守ることすらできない……」
 橘先輩は目に涙を浮かべながら吐露する。
 アタシはそんな先輩の話を、押し黙って聞く。
 
「母さんもバカだよ。父さんのことなんかさっさと忘れて、金持ちのアルファと番になれば良いのに……。僕が邪魔なら、施設にでも預ければ良かったんだ……。いや、そもそも父さんと一緒にならず、最初から婚約者のアルファと番になれば、もっとマシな人生を送れただろうに……。父さんも、母さんも、……2人ともバカだ」
 そう語る橘先輩の声は、とても震えていた。
 アタシは、そんな橘先輩に対してかける言葉が見つからなかった。
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