あなたが運命の番ですか?
 思えば、僕は他人に嫉妬してばかりしているように感じる。
 春川さんに対しても、そうだ。
 春川さんを初めて見た時、何の穢れも知らない純粋無垢な子だと思った。
 オメガにも色んなタイプの人間がいるが、彼女は番ができるまでの間、家族から大切に扱われる典型的な箱入り娘タイプだ。
 ああいうタイプは親が過保護だから息苦しいと感じるらしいが、僕からすれば羨ましい限りだ。
 親から大事にされて、おまけに将来の番相手まで見つけてくれる――。
 ただ流されるように生きていれば、「勝ち組」になれるのだ。

 春川さんがヒートになった時、僕は一瞬だけ彼女を「穢してやろう」と思った。
 ヒートになったオメガは、アルファに限らず見境なく誰でも誘ってしまう。
 ヒートになった春川さんも、僕に対して爛れた欲望を向けてきた。
 あの時、僕は春川さんの純情を奪ってやりたいというドス黒い欲望が湧いた。僕が嫉妬した彼女の純情を――。
 純粋無垢な春川さんを穢して、僕と同じところまで堕ちてきてほしかったのだ。
 
 春川さんだって望んでいるし、ヒートの時のオメガの気持ちは僕も痛いほど分かる。
 これは、苦しんでいる春川さんを助けるためでもあるのだ。
 そう自分に言い聞かせた。
 だけど、できなかった。

 僕には、そんな勇気がなかった。
 僕は自分で自分のことを悪人だと思っているけれど、無垢な女の子を穢せるほどの悪人ではなかったのだ。
 
 それに、あのまま僕が春川さんに手を出してしまったら、彼女は僕に対して変に懐いてしまいそうな気がした。
 初めて見るものを親と勘違いする雛鳥のように、純粋な春川さんは初めての男に依存してしまうのではないかと思ったのだ。
 もし、春川さんに依存されて、そんな彼女に僕が絆されてしまったら――。
 僕たちは、あの愚かな両親と同じ末路を辿ってしまう。
 そんな未来を予感して、僕は恐ろしくなった。
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