※修正予定あり【ぺちゃんこ地味系OLだけど水曜日の夜はびしょぬれ〜イケおじの溺愛がとまらない!?〜】

ふたりの出逢い

 
 桃瀬が勤める会社は、流通センターの倉庫である。

 高校卒業後に事務員となり、まじめに働いた。ひと通りのミスを経験し、それなりに効率よく作業ができるようになったのは、つい最近のことである。もともと、相手の目を見て話すのが苦手につき、社交性は低い。電話対応や伝票入力といった事務職は、顔をあげなくてもできる仕事なので、目立ちたくない桃瀬には程よいあんばいだった。同期の事務員は三人ほどいたが、ほとんど会話は発生しなかった。昼休みはいつもひとりで過ごし、学生時代に連絡先を交換したクラスメートもいない。友だちを作ろうとも思わなかった。無趣味につき、放っておかれたほうが楽だった。無理して笑うたび、ひどく疲れた。

 そんな桃瀬の会社に、アドバイザーとして石和(いさわ)(おと)ずれたのは、いまから一年半ほど前である。当時、桃瀬は新入社員だった。応接室で倉庫の図面をながめる石和へ、お茶汲みとしてやってくる。

 コンコンッ(ドアをノックする音さえ控えめだ)。「失礼します」おもてなしを表す茶托をテーブルへ置き、そこへ把手のない湯呑みを乗せる。接客は不慣れにつき、緊張して指がふるえていた。前髪も眼の半分が隠れるほど長く、動作もぎこちない。会社から貸与される事務服(ユニフォーム)は淡い水色のシャツとスカートで、胸もとにMOMOSEという名札をつけている。皺ひとつない衿や硬い動きを見て、すぐに新入社員だと察した石和は、「どうもありがとう」といって、熱い緑茶をひと口のんだ。味は、濃すぎるように感じた。

 桃瀬は、現在のアパートへ引っ越したとき、各部屋の挨拶まわりに粗品としてタオルを配っている。単身者のひとり暮らしが女性の場合、個人情報や防犯面の観点から、挨拶を抜きにしてもマナー違反とはならないが、近隣の顔が知れて安心できるため、となり合わせや上下階、向かいや真後ろへは最低限のことばを交わしておくのがベターだ。タイミングが合わず留守にしていた石和は、添え書きとタオルが郵便受けにはいっていた。

「桃瀬さんか……」

 その苗字に覚えがあった石和は、真上に引っ越してきた人物は、流通会社で働くあの新入社員ではないかと想った。それから数回ほど桃瀬の会社へ足を運び、設計事務所の面々に工程を引き継ぐと、石和は、桃瀬の日常を遠目から傍観するようになった。よく晴れた日は洗濯物を外に干すため、彼女の下着類を目にする機会が増えた。

「女の子のひとり暮らしなのに、ずいぶん警戒心が薄いな」

 おとなしそうに見えて、大胆なところもある。意外な落差に心がひかれた石和は、さりげなく接近した。部屋の鍵をなくしたふりをして人柄をさぐる。



「鍵を、どこかに落としてしまったようでね。途方に暮れている」

「もしよかったら、わたしの部屋に泊まってください」

 
 きょうが誕生日だと告げる桃瀬は、他人を部屋にあげた。親切にも程があったが、きっかけ作りに成功した石和は、うまく距離を縮めてゆく。

 桃瀬は、生まれつき目が細くて鼻筋は低く、前髪を垂らして顔を隠す(くせ)があった。石和としては、アドバイザーの血が騒ぐ素質を持っていた。明るめの口紅を贈ってみたり、ドレスコードをさせたりと、桃瀬は前向きな姿勢で期待に応えた。


「それって、貴兄(たかにい)目論見(もくろみ)どおりってこと?」

「人聞きが悪いな。それだけ理乃ちゃんの素養が高まったのだよ。向上心のある子だからね」


 石和設計事務所にて、家族を紹介された桃瀬は、革張りのソファに並んで坐り、貴也(たかや)が淹れた緑茶をもらってのんだ。過去をふり返って語る石和は、視線の先に父の顔をとらえている。……わたしのこと、前から気にしてたってこと? 

 デスクに浅く腰かけて腕を組む叔父の貴広(たかひろ)は、「おれも理乃ちゃんって呼ばせてもらおうかな」と、興味津々な態度を示した。

「は、初めまして、ご挨拶が遅れました。桃瀬理乃です。よろしくお願いします」

「こちらこそ、以後、お見知りおきを」

 桃瀬が軽く頭をさげると、貴広が笑みを返した。……石和さんのお父さん、さっきから、こっちを見ないけど、まさか怒ってる? 自慢の息子が、地味な女性を連れてきたから……。

 叔父や貴也の反応とは(あき)らかに異なり、貴士(たかし)の表情は(けわ)しかった。


✦つづく
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